小さくなった義之
第8話 海 その1



「ふぅ、ようやく着いたな」
音姫と由夢と一緒にさくらパークに行ってから数日後。
義之は、友人達・音姫・由夢というメンバーとともに、初音島の海へと海水浴に来ていた。
辺りには、家族連れや男女数人の組み合わせなど、色々な人達を見ることができた。
夏休みという絶好の機会に海に遊びに来ようと考えたのは義之達だけではなかったようだ。
「うわぁ、さすがに人がいっぱいだねぇ」
その人の多さに驚いたななかが、思わずそうつぶやいた。
海に来たのが始めてというわけではなかったが、それでも海の人の多さは、 一同を驚かせるには十分な効果があった。
「うん、さすが夏休みだね〜」
ななか同様、人の多さに驚いている小恋が、ななかの意見に同意する。
続けて、他のメンバー達も、二人の意見に次々と同意した。
「さて、そんじゃ着替えてまた集合しようか」
いつまでも他の人達を見ていても仕方がない。
そう考えた義之の発言を合図に、一同は、水着に着替えるためにそれぞれ更衣室へと向かった。


「ちょっと早かったかな」
一番早く着替えが終わったのは、義之達男性陣であった。
軽い会話をしながら女性陣の着替え終了を待つ。
「くぅ〜! 早く月島の水着姿を拝みたいぜ!」
「お前、いつか捕まるぞ」
欲望に忠実な男渉。
ここまで堂々と自分の欲望を口にできる精神が少し羨ましいなと義之は思った。
「お、女性陣が来たようだぞ、二人とも」
杉並が、更衣室の方から歩いてくる女性陣の姿を発見する。
当然ながら、全員それぞれ違った水着に着替えていた。
「おお!」
女性陣の水着姿を見て、渉が歓喜の声をあげる。
普段冷静な義之でさえ、その魅惑の姿に興奮してしまいそうになってしまう。
「やっぱりちょっと恥ずかしいよぉ」
「小恋ってば、恥ずかしがっちゃってかわいい〜」
恥ずかしがる小恋に、いつものななかのスキンシップが展開される。
珍しくない光景とはいえ、その光景には世の男達を悩殺してしまう破壊力があるように感じられた。
「きゃっ! もう、ななかぁ!」
「うふふ〜、小恋ラブ〜!」
水着の美少女二人がじゃれあっているその光景は、男なら誰もが憧れる魅惑の光景に違いなかった。
もちろん、この場にいる二人の男子達も例外ではなかった。
「ぐはっ! これは素晴らしい! 月島に白河、グッジョブ!」
「渉じゃないが、これは……」
今にも鼻血でも出しそうなほど興奮する渉と、必死に自分を抑えようとしている義之。
反応こそ違えど、小恋とななかのじゃれあいを見て、明らかに興奮しているように感じられた。
悲しくも、二人は健全な男子だということなのだ。
「もう、二人ともぉ! 小恋ちゃんだけじゃなくて、私達も見てよねぇ」
「そうよ。このロリ体型、そそるものがあるでしょう?」
茜と杏が、それぞれ別の意味で、二人の健全な男子を誘惑する。
もちろん、健全な男子(主に渉)がその魅惑の誘惑を受け流すことなどできるはずがなかった。
「ぐはぁっ! な、なんてエロイ体なんだ!」
「コラ、お前ら! 人をからかうのも大概にしとけよ」
万年発情期な渉の隣で、必死に冷静さを保とうと努力している義之が、茜と杏という最強コンビに対抗する。
だが、悲しいかな、二人の少女は義之よりもはるかに上手(うわて)なのだ。
「フフ……そんなこと言って、実は……をビンビンにしているんでしょう?」
「あらぁ、義之くんって実はエッチなんだねぇ」
その瞬間、場の空気が凍りついた。
一部を除いた全ての男女が、二人の核爆発級の破壊力を持った発言に撃沈した。
「ぐはっ! 俺、もう死んでもいい……」
「こ、これはさすがに……」
完敗だった。
もとより、茜と杏という強力すぎる二人に、平凡な男子である義之が勝てるはずはなかったのだ。
「ねぇねぇ。……ってなんのことなのかな?」
「え!? さ、さぁ、なんのことなんだろうね」
ななかの純粋な質問に動揺する小恋だったが、 純粋な小恋が本当のことを言えるはずはなかった。
ああ素晴らしきこの純粋なる少女達よ。
そんなモノローグでも聞こえてきそうな微笑ましい会話であった。


「場所はこの辺りでいいかな?」
人が多いのは確かだったが、なんとか場所を確保することができた。
主に男性陣が、パラソルを設置したりシートを引いたりなどの雑用をこなしていく。
「おっしゃ、こんなもんだろ」
作業は順調に進行し、ここに、海水浴を楽しむための準備が整った。
準備が整ったということで、次の話題は、なにをして遊ぶかという方向に向かっていく。
「ねぇねぇ、まずはなにしよっか?」
「この大人数だと、できることもある程度限られてくるわね」
実際、十人前後という大人数でできることはそれほど多くはないだろう。
そこを考えたうえで、義之が無難な選択肢を提案する。
「定番だと、ビーチバレーとかスイカ割りとかかな?」
「どっちも人数が多い方が楽しそうだねぇ」
「うん、海での定番だよね」
「それでは、せっかくですから両方やりませんか?」
「賛成〜」
「うん、私も賛成だよ。せっかく来たんだから楽しまないとね」
由夢の提案に、音姫と小恋が賛成する。
それをキッカケに、一部を除いた全員の意見が賛成で一致した。
「よし、それじゃまずはどっちをやるよ?」
「多数決でも取ってみる?」
「うん、そうだな。頼むよ、音姉」
音姫の提案で、どちらを先にやるかを多数決で決めることにした。
各々が、心の中で先にやりたい遊びの選択をする。
「それではまず、ビーチバレーを先にやりたい人〜」
手を挙げたのは、義之、音姫、由夢、ななか、小恋、渉の六人だった。
手を挙げた理由を述べるなら、なんとなくという言葉がもっとも適切だろう。
どちらを先にやっても楽しめるだろうという考えがあったのだと推測できた。
「過半数を超えたみたいなので、最初はビーチバレーに決定で〜す」
心なしか、音姫の声がいつもより弾んでいるような気がした。
おそらく、友人達と遊びに来ていることが楽しいのだろう。
もちろんそれは、音姫以外の全員にも言えることであった。
ビーチバレーにしろスイカ割りにしろ、 このメンバーで集まってなにかをすることが楽しくないはずがないのだ。


ビーチバレーをすることにしたメンバーは、チーム分けをするために全員に意見を聞くことにした。
個性豊かな面々が揃ったメンバー達に、誰と誰が組んでも乱戦必至になることは間違いなかった。
「まずは、ビーチバレーをやる人〜」
手を挙げたのは、美夏、杏、杉並以外の七人だった。
あらかじめ手を挙げないと予想できた三人が手を挙げたので、特に質問する者はいなかった。
「人間の遊びなんぞに付き合う気はない。美夏は見学しているからな」
「俺も少々やることがあるのでな。パスさせてもらう」
「私はあまり激しい運動が得意じゃないから、見学しているわ」
特に質問などはされなかったが、手を挙げなかった三人が念のため、参加しない理由を述べた。
その中でも、美夏と杏はともかくとして、杉並は、なにか企んでいるように感じられた。
「それじゃ、チームはどうしよっか?」
「素直にジャンケンでいいんじゃないかな?」
チーム分けの定番と言えばジャンケンだろう。
全員、その方法でのチーム分けに異論はなかった。
「それじゃいくよ〜! ジャンケン……」
「ポン!」
音姫の合図にあわせて、各々がそれぞれの手を出す。
結果、勝ちが義之、音姫、由夢、ななかの四人、負けが小恋、茜、渉の三人という結果となった。
「よし、決まったみたいだな」
もう少し時間がかかるかと思っていたが、意外とすんなりチームが決まった。
チーム分けが決まったところで、音姫が全員に人数についての確認をする。
「こっちのチームの方が人数が一人多いけど、弟くんがいるから大丈夫だよね?」
「はい、問題ないと思いますよ、音姫先輩」
「今の義之くんは小さくてかわいくなっちゃってるからねぇ」
普段の義之ならば、十分な戦力になっていたのは間違いないだろう。
しかし、悲しいかな、今の義之は子供の姿になってしまっているのだ。
小学生程度の体では、おそらく戦力にはならないだろうと判断されたのだ。
「おいおい、俺をナメるなよ? 俺は過去、ビーチバレーの妖精と呼ばれた男だぜ?」
「はいはい、頼りにしていますよ、兄さん」
「頑張ってねぇ、義之くん」
「お姉ちゃんが守ってあげるからね、弟くん」
義之の渾身の強がりは、チームメイト達に華麗に受け流されてしまった。
悲しいかな、ただでさえ少ない義之の信用は、子供に戻ったことでさらに減少してしまっていた。
「チクショー! 見てろよ、お前らが驚くぐらい大活躍してやるからな!」
義之の決意の叫びが、広い砂浜に鳴り響いた。
友人達は、そんな義之のことを、微笑ましい笑顔で温かく見守っていた。


「さて、それぞれどこを守ろうか?」
バレー開始前のミーティングタイム中。
義之のチームは、それぞれの守備配置をどこにするかを決めていた。
「体型的に、義之くんが前衛は無理だよねぇ」
「いやいや、俺は全然いけるぜ?」
「や、物理的に無理ですから」
義之の強がりを、由夢の冷静なツッコミが否定する。
そのツッコミに納得できない義之は、もう一度自分の存在をアピールする。
「そうだね。弟くんには後ろ側を守ってもらおうかな」
「いやいや、俺は全然」
「や、無理ですから」
義之の強がりを、由夢の冷静なツッコミが否定する。
そのツッコミに納得できない義之は、もう一度自分の存在をアピールする。
「いやいや、俺は」
「や、無理ですから」
義之の強がりを、由夢の冷静なツッコミが否定する。
そのツッコミに納得できない義之は、もう一度自分の存在をアピールする。
「いやいや」
「や、無理ですから」
義之の強がりを、由夢の冷静なツッコミが否定する。
無限ループ。
義之の脳内に、そんな理不尽な言葉が浮かんできた。
「……」
「……」
笑顔でにらみあう義之と由夢。
さながらその光景は、ハブとマングースのにらみあいのように見えた。
「……」
「……」
十数秒にらみあっていた二人だったが、おもむろに由夢が義之に向かって発言する。
自分の存在を必死にアピールする義之にとって絶望的な発言を。
「兄さん。なにか言いたいことはありますか?」
満面の笑顔。
そんな素敵すぎる笑顔を見せられては、もはや義之に勝ち目はなかった。
「……いえ、私が悪うございました、由夢様」
完敗だった。
所詮、自分のようなチッポケな存在では妹には勝てないのだと義之は改めて実感した。
「それでは、兄さんは後ろを守ってくださいね」
「……はい」
最強の妹の言葉に、最弱の兄である義之が逆らうことなどできようはずがなかった。
そんな微笑ましいやりとりによって、義之は後衛を守ることに決まった。


第9話へ続く



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