小さくなった義之
第9話 海 その2



「そ〜れ! 行くよ〜!」
最初のサーブは義之チームのななかから始まった。
義之以外の守備配置はアッサリ決まり、由夢とななかが前衛、音姫と義之が後衛を守ることになった。
「小恋ちゃん! いったよ!」
「う、うん!」
ボールはゆっくりと小恋のところに飛んでいく。
「それ! 茜、お願い!」
それを小恋がレシーブし、茜の上に上げる。
「そ〜れ! 渉くん、いっちゃって!」
「おっしゃ! 任せとけ! 義之、覚悟!」
茜からのレシーブを渉がスパイクする。
標的は義之。
「俺かよ! よし、来い! 渉!」
「おりゃぁぁ!!」
渉のかけ声と共に、強烈なスパイクが義之を襲う。
「そりゃ!」
渉からのスパイクを義之が上手くはじき、ボールを上へと上げる。
「音姉! 頼んだ!」
渉のスパイクの威力のせいで上に上げるのが精一杯だったため、 義之のレシーブでボールは音姫の上に上がった。
「はい! 白河さん!」
音姫の冷静なレシーブで、ボールはななかの上に上がった。
「いっくよぉ! そ〜れ!」
上に上がったボールに、今度はななかがスパイクする。
渉ほどとは言えないが、それでも十分な威力のあるスパイクが相手チームへと叩き込まれた。
「きゃっ!」
スパイクは小恋へと向かったが、落ちた場所が悪くボールは地面へとついてしまった。
「よし、まず一点! ナイススパイク! ななか!」
「えへへ、任せて!」
なかなか幸先の良いスタートであると言えた。
全員のチームワークもなかなかのものだと感じられた。
しかし、もちろんそれは相手チームも同じだった。
「ドンマイ! 小恋ちゃん!」
「うん、ゴメンね、みんな」
「なぁに! まだたったの一点だ! すぐに逆転してやるさ!」
ななかのスパイクを取れなかった小恋を、全員がフォローする。
どちらのチームも、一筋縄では勝たせてくれそうになかった。
そんな様子で、しばらくの間、両チームとも接戦を繰り広げた。


「なかなかの接戦だな」
バレーが始まってからしばらく経った。
両チームとも互角の戦いを繰り広げており、 点数は義之チームが15点、小恋チームが14点という接戦となっていた。
「まさか義之がここまでやるとはな」
実際、全く戦力にならないと思われていた義之だったが、思いの外活躍していた。
スパイクはさすがに打てないが、ミスのない地道なプレイを続けていた。
「さて、ここでこの杉並から提案があるのだが」
バレーが始まってから姿を見なかった杉並が、いつの間にか戻ってきて唐突にそう発言する。
「杉並、お前一体今までどこにいたんだよ」
「フフフ、少し野暮用があってな」
「なんだそりゃ」
いつものこととはいえ、杉並の行動は義之達には全く理解できなかった。
もっとも、理解したいとも思わなかったが。
「まあ、そんなことはどうでもいい。俺から一つ提案があるのだ」
義之達の疑問など興味がないといった様子で、杉並が再びそう口にした。
「お前、またなにか企んでるのか?」
「フフ、企んでいるとは人聞きの悪い。俺は、このゲームをより面白くしてやろうと思っているだけさ」
杉並は普段様々な企みごとを計画する。
だが、本気で悪意のある企みはしたことがない。
義之達もそれを理解しているのか、杉並の提案を聞いてみることにした。
「このゲームに勝ったチームのメンバーは、 負けたチームの好きな相手になんでも命令を聞いてもらえる、というのはどうかな?」
「!?」
杉並の発言によって、数人の目が少しだけ輝いたような気がした。
「な、なんでも……?」
当然の如く最初に反応した渉。
その頭の中は、エロで一杯に違いない。
「な、なんでも……」
そして、次に反応したのは小恋。
なぜお前が反応するんだ、という義之の声が聞こえてきそうな気がした。
「え、エッチなのはいけませんからね!?」
続いて反応したのは音姫。
いや、反応したというよりは、自然と口にしてしまったという方が正しかった。
「お姉ちゃん、落ち着いて」
過剰に反応した音姫を、冷静な由夢がなだめる。
聞く耳持ちませんモードに入る前に音姫を止められたのは大きかった。
「いやまあ、エロイのがNGなのは俺も賛成だけどな」
義之が、静かに音姫に同意する。
もっとも、それは渉以外の全員が同じ気持ちだろう。
「でもそれなら、弟くんが相手チームだったら良かったんだけどなぁ」
「そうですね。兄さんが敵だったら、遠慮なく好きなことを命令できますからね」
この場の状況から、音姫と由夢が同じ意見を持ったようだ。
音姫と由夢にしてみれば、相手に義之がいない状態では、 杉並の提案にあまり魅力を感じることができないのだろう。
「しかし、もし渉に勝たれたら、一体なにを命令されるか分かったもんじゃないな」
「うん、そうだね。弟くんに変な命令をされないためにも、絶対勝たないと」
「ええ。これは負けの許されない戦いです」
義之の発言はあまり関係なかったが、 音姫と由夢の『絶対勝つぞメーター』がMAXに設定された。
二人の中の、大切な義之を守ろうという強固な意志が働いたのかもしれない。
「うわ、音姫先輩と由夢ちゃん、やる気満々だぞ!」
「本当だね……これはちょっと勝てそうにないかなぁ」
「こうなったら、こっちも全力でいくしかないね!」
相手チームの三人も、音姫と由夢の雰囲気の変化を察して、本気を出すことにしたようだ。
本気同士の対決ということで、勝敗は全くの余談を許さない状況となった。
「お、向こうも本気になったようだな。こりゃ油断できないぞ」
「そうだね。お姉ちゃん、頑張るからね!」
「私も頑張りますよ!」
「私も頑張るから、義之くん、応援よろしくねぇ」
ここに、義之チームの全員の意思統一が完了した。
相手も強敵だったが、精一杯戦うことを堅く誓った。
「よっしゃ! それじゃいくぞ!」
真剣な顔の義之による渾身のサーブが打ち放たれた。
ここに、勝敗の全く読めない真剣勝負の幕が開かれた。


「チクショー! あとちょっとで勝てたんだけどなぁ!」
「仕方ないよ、渉くん」
「私達も十分頑張ったと思うよ」
実力の均衡した接戦だったが、結果は21対20で義之チームの勝利で終わった。
「最後まで接戦だったなぁ」
「うん、負けちゃわないかドキドキしちゃったよ」
「ええ、最後まで油断のできない試合でした」
「私達のチームワークの勝利って奴だねぇ」
試合が終わり、それぞれがチームメイトと言葉を交わす。
両者とも、常に接戦を繰り返す、とても良い試合を展開していた。
「さて、それでは勝利チームのメンバーには、相手チームの誰かへの命令を考えてもらおうか」
杉並の一言で、小恋チームは忘れていたかったことを思い出すことになった。
負けたのだから仕方がないとはいえ、どんな命令をされるかと考えると、 小恋チームのメンバーは心中穏やかではなかった。
「うげ、そういえばそうだったな……試合に熱中しすぎて忘れてたぜ」
「うわ〜、一体なにを命令されるんだろ……」
「あぁ! 私の体をなめ回すように見る義之くんの視線が……」
各々が、罰ゲームとも言える杉並の提案に対して反応していた。
一部間違った反応をする者がいたが、あえてそこは無視することにした。
「さあ! 勝利チームのメンバー達よ! なんでも好きなことを命令するがいい!」
杉並が、いかにも楽しそうに義之達に叫びかける。
しかし、義之達の反応は、杉並が想定していたものとは大きく違っていた。
「うーん、命令って言ってもなぁ」
「うん。特に思いつかないよねぇ」
「そうですね。相手が兄さんなら、いくらでも思いつくんですけど」
「私も特にないかなぁ。義之くんは味方だしねぇ」
義之も音姫も由夢もななかも、特にこれといった命令を思いつくことができなかった。
仲の良い友人達に酷いことをさせたくないという思いがあったのかもしれない。
「まあ、そういうわけだからさ。悪いな、杉並」
「ごめんね、杉並くん」
「ごめんなさい、杉並先輩」
「ごめんねぇ、杉並くん」
杉並の思惑通りにはならないという、なんとも義之達らしい終わり方だと感じられた。
杉並も、こういう結果になることが最初から分かっていたのか、ほとんど取り乱すことはなかった。
「ふむ、そうか。良いアイデアだと思ったのだが、思いつかないのでは仕方がないな」
義之達の反応に、杉並は冷静に対応していた。
なにか企んではいたのかもしれなかったが、今はなにもしないことにしたようだ。
「杉並がなにを企んでたのかは知らないけど、 おかげでかなり熱い試合ができたからな。そこは感謝してるよ」
「そうだね。私、こんなに熱くなったのは久しぶりだよ」
「私も、こんなに熱くなったのは久しぶりです」
「私も私も〜! 海でこんなに熱くなるとは思ってもみなかったよ」
義之チームの面々が、とても熱かった試合を振り返る。
小恋チームの面々も、四人の意見に同意した。
全員が、ビーチバレーというものの奥深さを実感したような気がした。
「俺も、ビーチバレーがこんなに熱いとは知らなかったぜ」
「うん、こんなに熱くなれるなんて思わなかったよ」
「私も、久しぶりに頑張っちゃった」
各々が、熱く楽しかったビーチバレーの感想を述べた。
実際、ここまで白熱した試合になったのは、杉並の提案によるところが大きいだろう。
その点だけで言えば、杉並の提案は案外悪いものではなかったのかもしれない。
「美夏も、あの中に入りたかったんじゃない?」
その様子を眺めていた杏が、隣に座っている美夏に話しかけた。
図星なのかどうなのかは分からなかったが、美夏は慌てて杏の発言を否定する。
「ば、バカな! 美夏が人間なんぞの遊びに入りたいなどありえん!」
「ふふ、素直じゃないわね」
「美夏は素直だぞ、杏先輩! 人間ごときの遊びに入りたいなどと思うはずがない!」
「ふふ、今はそういうことにしておいてあげるわ」
師弟関係の二人による微笑ましい光景。
その様子だけを見ていると、二人は、長年連れ添った親友のようにも見えた。
「さて、それじゃ私も向こうに行ってくるわね」
ビーチバレーが終わったことを確認した杏が、義之達の元へと歩いていく。
「み、美夏は別に羨ましくなんてないぞ!」
歩いていく杏の後ろからは、美夏のそんな叫びが聞こえてきた。
その真意は誰にも分からなかったが、歩いていく杏は、そんな美夏を微笑ましい笑顔で見守るのだった。


「さて、意外と熱くなっちゃったし、ちょっと休憩するか?」
ビーチバレーの疲れがまだ残っているのではないかと思い、義之がそう提案する。
「そうだね。私もさすがに疲れちゃったかな」
「私もちょっと休憩したいです」
その提案に、音姫と由夢が最初に反応した。
さすがにバレーで熱くなりすぎたため、二人とも少し休憩したいのだろう。
「俺はまだまだいけるけどなぁ」
「渉くんは男の子だもん。私もさすがに少し休みたいかな」
「私も私も〜」
「私もちょっと休みたいかなぁ」
音姫と由夢に続いて、杏と美夏以外の参加者も二人の意見に賛成した。
想像以上に熱くなったのだから、疲れてしまうのも無理はないだろう。
「さて、次はなにをするよ?」
休憩を利用して、義之が、次にしたいことを全員に聞く。
各々がしばし考えたあと、音姫が次の遊びの提案をする。
「スイカ割りとか花火とかはやってみたいかなぁ」
「花火は暗くなってからの方が面白そうな気がしますね」
海での定番とも言える遊びを提案する音姫に、由夢が同意する。
続いて他のメンバーも、二人の意見に同意し話に加わる。
「そうだねぇ、花火は夕方ぐらいからの方がいいかもねぇ」
「三時ぐらいからはミスコンなんてのもあるらしいよ」
「ミスコン!? うは! 水着の美少女を見放題かよ!」
「渉、お前は少し自重しろ」
「あはは、渉くん、正直すぎ〜」
欲望に忠実すぎる渉は、いつものごとく、全員の笑いの対象となった。
渉自身も、そんな状況を楽しんでいるのかもしれなかった。
そんな様子で、一同は、次になにをするかで盛り上がっていた。
「それじゃ、まずはスイカ割りでもするか?」
やがて、義之が、全員の意見を総合してスイカ割りから始めることを提案した。
「賛成〜!」
ほぼ全員の声が、賛成意見で重なった。
特に異論のある者はいなかったらしく、ほぼ全員一致で、次はスイカ割りをすることに決まった。
「スイカ割りなんて本当に久しぶりだよ」
「ええ、私もスイカ割りなんて子供の頃以来ですよ」
音姫と由夢が、久しぶりのスイカ割りを想像して微笑んだ。
二人以外のメンバーも、久しぶりの遊びを想像して、自然と顔が緩むのだった。


第10話へ続く



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