小さくなった義之
第7話 遊園地 その4



「むぅ、どうしたもんか」
予定通りにジョットコースターの乗り場にやってきた三人。
何の問題もなくジェットコースターに乗って楽しむはずだった……のだが。
「そういえば、ジェットコースターって身長制限があったんだよねぇ」
そう、三人とも、ジェットコースターに乗ることが久しぶり過ぎて忘れていたのだ。
一般にジェットコースターには、身長制限というものがあることに。
「兄さんが子供になっているのをすっかり忘れてましたね」
実際には、忘れていたというよりは、思い出さないように意識していたと言った方が正しいかもしれない。
どちらにしろ、子供に戻った義之の身長は、コースターの制限である130cmよりも小さかった。
「まあ、俺はまた別の機会に乗るから、二人で乗ってきなよ」
もちろん義之も、本心では音姫と由夢と一緒に楽しみたいとは思っていた。
しかし、ここにきて、自分のワガママのためにやめてしまうのは勿体ないとも思ったのだ。
「でも、弟くんだけ乗れないのに、私達だけで楽しんじゃうのも……」
「そうですよ。私達だって、またいつだって乗れるんですから」
音姫も由夢も、義之と一緒に楽しみたいと思っているのだろう。
義之もなんとなくではあるがそのことを理解しているので、ここは二人の気持ちを優先することにした。
「ゴメンな、二人とも。せっかくの機会なのに、さ」
「気にしないで、弟くん。今じゃなくても、いつでも機会はあるんだから」
「そうですよ、兄さん。無理に今すぐ乗る必要なんてないんですから」
「はは、ありがとな、二人とも」
ジェットコースターには乗れなかったが、不思議と温かい気持ちになれたような気がした。
要は、三人で過ごすこと自体が楽しいということなのかもしれない。


「さて、時間的に次が最後になりそうだな」
結構な数のアトラクションを楽しんでいると、時刻はすでに夕方の5時を過ぎていた。
家に帰る時間も含めたら、次のアトラクション辺りが時間的な限界だろう。
「最後は観覧車に乗らない?」
「いいですね。ここの観覧車は眺めがいいらしいですよ」
最初に来たときから観覧車に乗りたいと言っていた音姫の提案に由夢が賛成する。
実際、さくらパークの観覧車からの眺めはかなり評判が良かった。
音姫と由夢が乗ってみたいと言うのも無理のないことだろう。
「そうだな。最後は観覧車にしようか」
ここで、全員の意見がまとまり、最後は観覧車に乗ることになった。
久しぶりに乗る観覧車の眺めを想像して、三人は静かに微笑みながら観覧車へと向かうのだった。


「足下に気をつけてお乗りください」
コースターから少し歩くと観覧車へと到着した。
入り口から中に入ると、係員がゴンドラの扉を開けてくれた。
三人は、順番にゴンドラの中へと入っていく。
「さて、あとは上がっていくだけだな」
三人が乗ったゴンドラが、ゆっくりと少しずつ上方へと上っていく。
室内には、三人が会話をする声しか聞こえない。
周りの音はほとんど遮断され、会話の声がひときわ大きく聞こえてくるような気がした。
「へぇ、かなり高くまで上がるんだねぇ」
「本当ですね。人がかなり小さく見えますよ」
四分の一ほど上がっただけで、ゴンドラはかなりの高さになっていた。
下に見える人の姿が、普段では考えられないほど小さく見えていた。
「お、二人とも、外を見てみろよ」
ゴンドラがほぼ真上に上がったところで、義之が二人に外を見るようにうながす。
義之がそう言った理由を、音姫と由夢はすぐに理解することになる。
「うわぁ! 弟くん、由夢ちゃん! 景色が凄くキレイだよ!」
「本当ですね……凄くキレイな景色……」
「ああ、これはすげぇや」
ゴンドラから見える赤い夕日と景色が見事にマッチして、眼下には、とても幻想的な景色が広がっていた。
普段の生活では決して見ることのできない景色に、三人の興奮はひとしおであった。
言葉を失う景色というのはまさにこういう景色のことを言うのだろうと三人は感じていた。
三人は、しばしの間、その素晴らしく綺麗な景色を堪能していた。
そして、唐突に義之が、音姫と由夢に向かって予想外の一言を浴びせかける。
「でも、この景色ももちろん綺麗だけど、音姉と由夢の方がもっと綺麗だけどな」
「ええ!?」
「なっ!?」
いきなりの義之の不意打ちに、音姫と由夢は、思わず叫びにも似た驚きの声をあげてしまった。
もっとも、それは全くもって正常な反応だろう。
音姫と由夢でなくとも、いきなりそんなことを言われたら動揺してしまうというものだ。
「お、おと、弟くん!? い、一体なにを……」
「に、兄さん!? い、いきなりなにを……」
義之の予想外の発言に、音姫と由夢の声が重なった。
突然の義之の発言に、音姫と由夢はかなり動揺してしまっていた。
顔は朱色に染まり、普段のように冷静な口調で話すこともできていなかった。
しかし、そこで義之から返ってきた反応は、またしても二人にとって予想外のものであった。
「ぷっ……あは、あはははは!!」
「ええ!?」
義之の予想外の反応に、音姫と由夢は再び同時に声をあげてしまった。
そんな二人を見て大笑いする義之が、二人に状況を説明する。
「冗談だよ、冗談」
「じょ、冗談……?」
事態をまだ完全に理解しきれていない二人は、またもや同時に義之の言葉を反復した。
そこで義之は再び、二人が事態を理解できるように、冷静な口調で自分の意図を説明した。
「はは、姉と妹に向かって本気でそんなことを言うわけないだろ」
冗談交じりに、義之は二人に向かってそう口にする。
しかし、このとき義之はまだ気付いていなかった。
自分が、踏んではならない地雷を踏んでしまったのだということに。
「……弟くん」
「……兄さん」
瞬間、嫌な予感を感じて、ドキリと義之の心臓が跳ね上がった。
それは勘違いなどではなく、数秒後、義之は自分の行動を深く後悔することになる。
「お姉ちゃんを騙すなんて……許しませんからね!!」
「兄さんの……ばかぁぁぁ!!」
「ま、待て! 話せば分かる!」
某首相の有名なセリフを交えた義之の必死の弁解など、怒った二人の前には全くの無意味でしかなかった。
今の義之には、音姫と由夢は、さながら自分に刑罰を加える閻魔大王のように見えているに違いない。
「問答無用です!!」
「ぎゃぁぁぁぁ!!」
そのとき、ひときわ大きな擬音がゴンドラの外まで響き渡った。
悲しい犠牲者義之のご冥福をお祈りいたします。
どこからかそんなナレーションが聞こえてきそうな最後となった。
ここで再び結論。
悪いことはするもんじゃない。
義之は、改めてその事実を身をもって体験したのだった。


「全くもう、弟くんはぁ」
「や、仕方ないですよ。これが兄さんですから」
「……返す言葉もございません」
義之の悪戯で終わった観覧車から降りた三人は、閉園間近のさくらパークの中を歩いていた。
口では色々と言ってはいるものの、三人の顔には優しい微笑みが浮かんでいた。
「ふふ。でも、今日は楽しかったから許してあげます」
「感謝してくださいね、兄さん」
「はは、二人とも、サンキューな」
仲の良い三人の微笑ましい日常の風景。
なんだかんだ言いつつも、三人で色々なことをするのはとても楽しいことなのだと実感していた。
「でも、今日は本当に楽しかったなぁ」
「ええ。こんなにはしゃいだのは久しぶりです」
「はは、俺もだよ」
三人が一緒になってこれほどまでに騒いだり楽しんだりしたのは本当に久しぶりだった。
普段は時間的な都合などから、一緒に遊ぶ機会というのはほとんどなかったので、 こういう楽しい時間が過ごせたことはかなり新鮮だと三人は感じていた。
「またいつか来ようね、弟くん」
「そのときはまた付き合いますよ、兄さん」
「ああ。絶対また来ような」
またこの三人で楽しい思い出を作りたい。
三人は、心の中でそう思った。
もっとも、三人にその気があれば、楽しい思い出はきっと沢山作れるだろう。
なぜなら、お互いが他の誰よりも身近な場所にいる家族なのだから。
「おっと、出口が見えてきたな」
会話をしながらゆっくり歩いていると、出口らしき扉が見えてきた。
名残惜しいところではあったが、この楽しい時間にも終わりがきたようだ。
「さて、それじゃ、帰ろうか」
「うん、弟くん」
「はい、兄さん」
微笑ましい笑顔で、三人はさくらパークをあとにした。
心の中で、楽しい思い出をありがとうと言いながら。
そして、またこんな楽しい思い出が作れるといいなと静かに願うのだった。


第8話へ続く



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