小さくなった義之
第6話 遊園地 その3



「ここまでずっと穏やかなアトラクション中心だったし、そろそろ志向を変えてみる?」
ここまで怖い系のアトラクションは一切やってこなかったので、 そろそろ志向を変える意味もかねて、義之がそう提案した。
しかし、提案してから義之は、音姫が怖いものは無理だと言っていたことを思い出した。
「お、お姉ちゃん、怖いのはダメなんだよぉ」
「ふむ、音姉は無理か。じゃあ由夢、一緒にお化け屋敷辺りにでも行ってみるか?」
「ふぇ!?」
いきなり自分に焦点を当てられて驚いたのか、由夢が叫びにも似た声をあげた。
由夢が話を聞いていなかったのかと思った義之は、再び由夢に同じ内容を問いかける。
「いや、だから、一緒にお化け屋敷でも行ってみないかと思ってさ」
「や、わ、私は別にこ、怖くなんてありませんから平気ですよ」
誰も怖いとは言っていなかったが、由夢には珍しく口を滑らせてしまったようだ。
言葉とは裏腹に、由夢の声が軽く裏返っていることに、 もっとも知られてはいけない相手が気付いてしまった。
「……へぇ、じゃあ早速行ってみようぜ」
「わ、わかりました。こ、怖くなんてないんだから!」
必死に強がりを言ってはみたものの、怖がっているのは誰の目から見ても明らかであった。
そんな由夢の様子を見て、義之の中に悪戯心が芽吹き始めた。
「ゆ、由夢ちゃん? 怖かったら行かなくてもいいんだよ?」
「だ、大丈夫ですよ、お姉ちゃん。こ、怖くなんてないんだから」
心配になった音姫が由夢を止めようとするが、意地を張ってしまっているのか、 由夢はお化け屋敷に入るのをやめようとはしなかった。
必死に怖くないと連呼する由夢を見て、音姫の不安はさらに増大してしまった。
「さて、それじゃ中に入ろうぜ」
「は、はい」
色々な意味で笑っている義之と、緊張で顔が引きつっている由夢。
端から見たらかなり異様な光景ではあったが、当の二人はそんなことは関係ないといった様子で中へと入っていった。
「うわ、真っ暗だな」
「そ、そうですね」
お化け屋敷の中は、当然ながらかなり暗い作りになっていた。
かろうじて周りが見える程度に暗い道のりに、 恐怖をあおるようにうっすらと照らされた照明達。
今にもなにかが出てきて襲ってきそうな暗さが、由夢の不安を増大させていた。
『グオオオオ!』
「きゃぁぁぁ!?」
『クケケケケ!』
「いやぁぁぁ!!」
『ガシャンッガタンッ!』
「きゃぁぁぁ!!」
屋敷内の仕掛けが作動するたびに、由夢の言葉にならない絶叫が屋敷内に響き渡る。
ミイラ男にフランケンシュタイン、さらには、不気味きわまりない屋敷内のギミックの数々。
その全てが、恐怖する由夢へと容赦なく襲いかかっていた。
『ギャアアア!』
「い、いやぁぁぁぁ!!」
何度も絶叫する由夢を見てさすがにかわいそうになったのか、 横で傍観していた義之が由夢に声をかけようとしたとき。
予想外の由夢の一言が、義之に、自分の行いを後悔させることになる。
「助けて……兄さん、助けてぇぇぇ!!」
次々に襲いかかる恐怖に、由夢はとうとう限界を超えたらしかった。
瞳からは大粒の涙を流し、必死に義之に助けを求めていた。
そんな由夢の様子を見て、さすがにこれ以上はまずいと思ったのか、義之が優しい声で由夢に声をかける。
「由夢! ゴメン、俺はここにいるから。安心してくれ」
「に、兄さん……兄さん!! ぐすっ……怖かった……怖かったんです……」
「ゴメン、ゴメンな、由夢。もうこんなところに入ろうなんて言わないから。許してくれ」
「ひっく……ぐすっ……」
義之は、自分の軽はずみな行動を後悔していた。
面白半分で、大切な妹にとても怖い思いをさせてしまった。
そんな情けない自分を殴ってしまいたい衝動に駆られたが、 今は由夢を落ち着かせることに集中することにした。
「本当にゴメンな、由夢。出口まで一緒に行こう」
「……うん。離れないでね、兄さん」
「ああ。絶対に離れないから」
義之の言葉通り、その後二人は、腕を組んで離れずに出口へと向かった。
恋人同士のように仲良く腕を組んで歩くことで、由夢の恐怖も多少は和らいだように感じられた。


「ゆ、由夢ちゃん!? どうしたの!?」
お化け屋敷から出てきた由夢が泣いているのを見て、音姫が何事かと義之達に近寄ってきた。
事情を知らない音姫に、義之が簡単に事情を説明する。
「いや、俺が悪いんだ。面白がって由夢を怖がらせちゃって。ゴメンな、由夢」
「もういいんです。怖かったのは確かでしたけど、最後は兄さんが守ってくれましたから」
普通なら自分を責めても不思議ではないことをしてしまったにも関わらず、 こんな健気なセリフを言える由夢は大人だなと義之は感じた。
そして同時に、二度と大切な妹を泣かせてはいけないと心の中で思った。
「もう、弟くん! やりすぎはダメだよ?」
「……はい、すみません」
さすがの義之も、あれだけ盛大に泣く由夢を見て、大いに反省したらしかった。
普段なら悪戯で済むことも、時と場合によっては相手を傷つけてしまうこともある。
義之は、その事実を身をもって実感することとなった。
「うん、反省しているならOKです。由夢ちゃんも許してくれているみたいだし、 この話はこれで終わりにしましょう」
「うん、本当にゴメンな、由夢。それと、ありがとう、音姉」
義之も十分反省しているようだったので、この話はここでいったん終了することにした。
一行は、気持ちを切り替えて次のアトラクションへと向かうのだった。


「来てから大分時間が経ってきたな」
義之達がさくらパークに来てからすでに数時間が経過し、時刻は夕方近くになっていた。
三人は、今日回った様々なアトラクションのことを思い出していた。
「本当だね。楽しい時間が過ぎるのって早いなぁ」
「本当ですね。まだまだ遊び足りない気がします」
楽しい時間が過ぎるのは早いと言うが、実際、 三人はあっという間に時間が過ぎたように感じていた。
それは一意に、三人が今日の遊園地を楽しんでいることの証明に他ならなかった。
「この時間だと、乗れるアトラクションはあと二つか三つぐらいが限界だろうな」
「そうだね。そろそろ閉館時間も近いもんね」
「そうですね。あまり遅くなってもいけませんからね」
実際、閉館ギリギリまでいたとしても、 乗れるアトラクションはあと数個しかないであろう時間帯になっていた。
まだ乗っていないアトラクションは沢山あったが、 これ以降は、時間を考えてアトラクションを回る必要があるだろうと考えられた。
「そうだなぁ。次はジェットコースターにでも乗ってみない?」
特に考えがあったわけではなかったが、 パッと頭に思い浮かんだジェットコースターに乗ることを義之は提案した。
だが、そこで再び義之は、先ほどの音姫の発言を思い出した。
「あ、でも、音姉は怖いのはダメなんだっけ?」
てっきり義之は、怖いものが苦手な音姫はジェットコースターに乗ることを拒否すると思っていた。
しかし、音姫の次のセリフは、義之の予想とは正反対のものだった。
「ゆ、由夢ちゃんだって頑張ったんだもの! お姉ちゃんだって頑張る!」
「え? 大丈夫なの? 音姉」
「そうですよ、お姉ちゃん。無理して乗らなくてもいいんですよ?」
音姫が無理をしているのではないかと心配になった二人だったが、 音姫の様子を見ている限りでは、無理をして言っているというわけではないように感じられた。
実際、音姫の次の発言で、心配はただの杞憂だったと悟ることになる。
「無理なんてしないから大丈夫だよ。それに、 せっかく弟くんに由夢ちゃんと来たんだから、楽しみたいじゃない」
口では色々と言ってはいるが、音姫も、三人でこうして遊びに来ているのが嬉しいらしかった。
当然だろう。
大好きな弟と妹と一緒に、こうやって騒いだり笑ったりしているのだから。
もちろんそれは、義之と由夢にも言えることでもあった。
大切な家族と楽しく過ごす一時(ひととき)は、なにものにも代えがたい思い出になるに違いなかった。
「そっか。それじゃ、早速行ってみようか」
こうして、次のアトラクションはジェットコースターに決まった。
時間は残り少なかったが、次もきっと楽しい思い出になるのだろうと思いながら、 三人はジェットコースターへと向かった。


第7話へ続く



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