小さくなった義之
第4話 遊園地 その1



「ふぅ、やっと着いた」
友人達との勉強会から数日後。
義之・音姫・由夢の三人は、初音島の有名な遊園地であるさくらパークへと来ていた。
三人で来たことに特に理由はなかったが、強いて言うなら、なんとなくという言葉がもっとも適切だろう。
「今日は目一杯遊ぼうね、弟くん」
久しぶりの義之達との遠出に、心なしか音姫の声が弾んでいるような気がした。
普段生徒会の仕事に忙しい音姫にとって、気を許せる家族との一時は、 日頃の疲れを癒す時間になるに違いなかった。
「うん。せっかくの休みだし、楽しまなきゃ損だからな」
義之の声も、音姫と同様、普段よりも幾分か弾んでいるように感じられた。
義之にとっても、こうして家族と共に過ごせる時間は、普段の疲れを癒す時間になるのだろう。
「ここで立ちつくしていても仕方がありませんから、早く入りましょう、兄さん」
表情にこそ出してはいないが、音姫と義之同様由夢の顔からも、こうして家族と共に過ごせる時間を楽しみにしていたことが伺えた。
何のことはない。
音姫にしろ由夢にしろ義之にしろ、お互いがお互いと一緒に過ごすのが楽しいだけなのだ。
「そうだな。それじゃ入ろうか」
「うん、弟くん」
「はい、兄さん」
いつまでも入り口の前で立っていても始まらないということで、 三人はゆっくりとさくらパークの中へと入っていく。
その後ろ姿を、同じくさくらパークを楽しみに来た他の客人達が見送った。


「さて、それじゃまずなにに乗ろうか?」
遊園地のパンフレットを開きながら、義之が音姫と由夢に意見を求める。
さくらパークにはかなりの数のアトラクションがある。
どのアトラクションに乗るかを決めるだけでも、相当迷ってしまうだろうと考えられた。
「私は怖くないのがいいなぁ」
音姫は子供の頃から、幽霊やホラーといった怖いものが極端に苦手であった。
過去に義之とホラー映画を見たりして、そのたびに泣きそうになっていたという思い出もあるぐらいである。
「私は別になんでもいいですよ」
対して由夢は、これといって苦手というものはなさそうに見えた。
由夢の演技によってそう思わされていたのか、本当に怖くないのは定かではなかったが、 過去にホラー映画などの怖いものを見ていても、あまり怖がっているような印象はなかった。
「うーん、怖くないものというと、コーヒーカップとか観覧車とかかな?」
義之自身も、さくらパークにはあまり来たことがない。
せいぜい、子供の頃に、今回と同じように音姫や由夢と来たことがあるくらいしかなかった。
当然、どんなアトラクションがあるのかについてはほとんど知らなかったので、 とりあえず有名そうなアトラクションを提案してみたという次第だ。
「夕方の観覧車の景色はかなり綺麗らしいから、観覧車は最後の方で乗りたいかなぁ」
実際、夕方の観覧車からの眺めはかなり綺麗だという噂を聞いたことがあった。
楽しみは最後に残しておくという意味もかねて、観覧車に乗るのは夕方以降にしようという意見になった。
「そっか。それじゃ最初はコーヒーカップにでも乗ってみる?」
「私はそれでいいよ」
「私もそれでいいですよ」
満場一致で、最初に乗るアトラクションはコーヒーカップに決まった。
最初のアトラクションということで、 三人の足取りが少しだけ軽いように見えたのは、きっと気のせいではないだろう。


「ここがコーヒーカップみたいだな」
入り口付近から少し歩いたところで、三人はコーヒーカップの前へと到着した。
久しぶりに見るコーヒーカップは、記憶していたよりも大きい気がした。
「コーヒーカップに乗るなんて何年ぶりだろ〜」
「私もかなり久しぶりな気がします」
音姫と由夢が、久しぶりに乗るコーヒーカップを見て、懐かしそうな目をしてそう言った。
おそらく、これから他のアトラクションを回るたびに、そんな懐かしさを感じてしまうのだろうと想像できた。
「はは、俺も本当に久しぶりだな」
二人の意見に、同じように懐かしさを感じていた義之が同意する。
とはいえ、三人とも、遊園地に来たのさえ久しぶりなのだから、 懐かしいと感じるのは当然と言えば当然だろう。
「それじゃ、乗ろうか」
列に並んで待っていると、三人が乗る順番が回ってきた。
少しの期待を持ちながら、三人は順番にカップへと乗り込んだ。
「あ、あまり速く回さないでね? 弟くん」
「はは、大丈夫だよ、音姉」
「や、兄さんの大丈夫は当てになりませんから」
実際、義之が大丈夫と言って大丈夫だった試しはほとんどない。
音姫と由夢が疑ってしまうのも無理はなかった。
「大丈夫だって、俺を信じろ」
「や、無理ですから」
悲しいことに、義之の信用は限りなくゼロに近かった。
しかし、そんな音姫と由夢の疑惑などおかまいなしに、カップは静かに動き始めた。
「よし、一気に回すぞ!」
勢いよくそう言って、義之はカップのハンドル部分を勢いよく回し始めた。
そんな義之の行動に嫌な予感がした音姫と由夢は、慌てて義之に叫びかける。
「お、弟くん! ゆっくり! ゆっくりだよ!?」
「大丈夫、俺に任せろ!」
「に、兄さんに任せたら大変なことになりますよ!」
義之がハンドルを回転させるたびに、少しずつカップの回転速度が増加していく。
少しずつ、少しずつ。
徐々にではあったが、カップの回転速度が速くなっていく。
次第にカップは、他のカップとは比べものにならないほどの速度を持ち始める。
「大丈夫だって! おりゃあああ!!」
「き、きゃぁぁぁ!?」
言葉にならない絶叫。
勢いよく回るカップの上で、一人の少年の叫びと、二人の少女の悲鳴がこだました。


「お、おとうと……くん。ゆっくりって……言ったよねぇ……」
「に、兄さん……に任せたのが……間違いでした……」
異常な速度で回るコーヒーカップから降りたあと、 音姫と由夢の二人は、息も絶え絶えといった様子で近くのベンチに座り込んでいた。
義之への不満を言ってはいたものの、軽い車酔いのような状態の二人は、 それすら満足には言えない状態であった。
「いや〜、ちょっとやりすぎたかな。ゴメンゴメン」
言葉とは裏腹に、義之はそんな様子を楽しんでいるように感じられた。
音姫と由夢も、もちろん心底怒っているわけではない。
むしろ楽しんでさえいたのだが、久しぶりに義之の暴走を体験して、 心に体がついていかなくなっただけなのだ。
そんなやりとりをしながら少し休憩していると、音姫と由夢は大分落ち着いたらしかった。
「もう、弟くんってばぁ。加減ってものを知らないんだから」
「や、しょうがないですよ。それが兄さんという人ですから」
「はは、悪かったって」
口では不満を言いつつも、三人は、久しぶりのこの状況を楽しんでいた。
それは当然だろう。
家族同然に育った仲の良い三人が遊園地という娯楽施設に来ているのだ。
楽しくないわけがなかった。
「さて、ちょっと休憩したら、次はなにに乗ろうか?」
音姫と由夢が大分落ち着いたのを確認して、義之が次に行きたいアトラクションの希望を聞く。
どのアトラクションに乗るかを三人で思案していると、 偶然音姫が、見たいアトラクションの存在を思い出した。
「そういえば、この時間帯にペンギンショーをやっているらしいよ」
「へぇ、それは面白そうですね。行ってみましょうよ、兄さん」
「了解、それじゃ次はペンギンショーだな」
再び満場一致で、次のアトラクションはペンギンショーを見に行くことに決まった。
生でペンギンを見るなんていつ以来だろうと思いながら、三人は、ペンギンショーが行われる場所へと歩き始めた。


コーヒーカップからしばらく歩くと、ペンギンショーが行われる会場の入り口に到着した。
入り口から客席の中へと移動し、中程にある席へと座る。
ショーが始まるまでの間、三人は、久しぶりに見るペンギンを想像して期待をふくらませていた。
席に座ってしばらく待つと、ペンギン達が舞台の係員がいるところまで歩いてきた。
「弟くん、由夢ちゃん! 見てみて! ペンギンさんが歩いてくるよ!」
「本当ですね。かわいい……」
「確かにかわいいなぁ」
三人とも、久しぶりに生で見るペンギンのかわいさに酔いしれていた。
別段かわいいものが好きなわけではない義之にさえ『かわいい』と言わせてしまうのだから、 そのかわいさたるや相当なものであろう。
『それでは今から、ペンギン達によるショーを始めま〜す』
ペンギン達の中心部に立つ係員が、ペンギンショーの開会を宣言する。
係員の宣言を合図にして、数匹のペンギン達が勢いよく水の中へと潜っていった。
『そ〜れ!』
おもむろに係員が丸いボールを宙に投げ上げると、水中に潜ったペンギンが宙に飛び出してボールにタッチし、 再び水の中へと潜っていく。
そして、最初のペンギンが飛び出したのを合図にして、他の潜ったペンギン達も、 同じように飛び出してボールに触ってまた水の中へと消えていく。
「弟くん! ペンギンさんが芸をしてるよ! 頭いいんだねぇ!」
『次はペンギンさんが滑り台を滑りま〜す!』
続いての係員の言葉で、地上で待機していた数匹のペンギン達が、滑り台らしきものから滑り始める。
かわいいペンギン達の何匹もが同時に芸をするという光景は、音姫を興奮させるには十分なものであった。
「弟くん! ペンギンさんがかわいいよ! どうしよう!?」
そうしてペンギン達が様々な芸をするたびに、音姫は興奮した声をあげていた。
久しぶりに生で見るペンギンのかわいさに、 音姫の中のかわいいもの大好きメーターが物凄い勢いで振り切れそうになっていた。
とはいえ、興奮しているのは音姫だけではなかった。
由夢や義之も、音姫ほどでは内にしろ、生のペンギンのかわいさに酔いしれていた。
「弟くん! ペンギンさん、一匹持って帰っちゃダメかな!?」
やがて、ペンギンショーも終盤にさしかかった頃、音姫のテンションは最高潮に達していた。
最高に興奮した音姫を止めることは、もはや誰にもできなかった。
義之と由夢は、そんな音姫の様子を微笑ましく見ながら、終わりに近づいたペンギンショーを楽しむのだった。


「はぁ〜、ペンギンさん、かわいかったねぇ」
大興奮のペンギンショーが終わってしばらく経つと、音姫の興奮も大分収まってきたように感じられた。
予想以上の音姫の興奮ぶりに、音姫のかわいいもの好きを義之は改めて実感した。
「音姉、大興奮だったな」
「だってぇ、かわいかったんだもん」
「気持ちはわかりますよ。私もかわいいと思いましたから」
実際、沢山いたペンギン達は、どれも小さくて思わず持って帰りたくなるほどかわいかった。
音姫ではなくとも、そのかわいさに興奮してしまうのは無理からぬことだろう。
「さて、次はどこに行く?」
ペンギンの興奮が大分薄らいだ頃、義之が再び次の行き先についての質問をする。
色々なアトラクションがあって悩む三人だったが、由夢がふと行き先を思いついた。
「そういえば、ここって温水プールもあるみたいですよ」
先にも述べた通り、さくらパークには様々なアトラクションがある。
温水プールもその一つで、夏以外にも入れるプールということで、それなりに人気のアトラクションであった。
「プールかぁ。弟くん、行ってみる?」
「そうだな。せっかくだし行ってみようか」
夏といえばプールということで、プールに行くことに反対する者はいなかった。
それぞれプールに対する期待をふくらませながら、次のアトラクションへと向かうのだった。


第5話へ続く



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