小さくなった義之
第3話 宿題



義之が子供になった事実が友人達に発覚してから数日後。
友人達は、再び義之宅に集まっていた。
集まった理由は実に夏休みらしい理由で、
『今年はみんなで集まって、早めに宿題を終わらせようね』
という小恋の真面目すぎる提案を受けたからだ。
当然、義之を含む不真面目の代表達は、
『そんなのもっとあとでもいいじゃん』
と、小恋達真面目の代表達が驚くほどの勢いで否定したのだが、 小恋の提案に音姫までもが賛成してしまったことで事態は急変した。
普段は優しい姉という印象しかない音姫だったが、こと勉強などの真面目な話になると、 本人とは思えないほどの恐ろしさを発揮する。
今回もそれは例外ではなく、義之達がどれだけ反対しようとも、
『早めにやっておかないとあとで大変なんだからね』
という音姫の正論すぎる意見に反論することはできず、 結局小恋の提案を渋々ながら受け入れるしかなかった。
「さて、どの教科からやるんだ?」
全員の意見を代表して、義之が友人達に問いかける。
今さら宿題をすることに抵抗しても意味はないと判断しての行動だろう。
「……保健体育」
小悪魔的な微笑みで、杏が恐ろしい言葉を口にする。
その微笑みには、男達をとりこにしてしまうなにかがあるような気がした。
「幼気(いたいけ)な男女が恥ずかしげもなく、お互いを求めて組んずほぐれつ」
「バカなことを言ってるんじゃないっての!」
これ以上杏にしゃべらせたら色々な意味でまずいと考えた義之が、慌てて杏の発言を中断させる。
しかし、悲しいことに、少しだけ続きが聞きたいと思ってしまう自分がいるのも事実には違いない。
「あら、残念。これからもっと凄くなっていくのに」
「ぐはっ!」
「え!?」
杏の危険発言に、なぜか渉と小恋の二人が反応した。
念のため、義之は、反応した二人にその真意を聞いてみることにした。
「なんでお前らが反応するんだ」
「いや、だってよぉ! 男だったら反応しちまうだろうがよ!」
「え、ええと、杏が変なことを言うからだよぉ!」
正直すぎる渉と、必死にごまかそうとする小恋。
対照的すぎる二人の反応には、二人の性格の違いがよく出ていた。
「渉がエロイのはともかくとして、小恋まで反応することはないだろうに」
「あれぇ? 義之くん知らないのぉ? 小恋ちゃんって本当は、凄く」
「わー! わー! 茜、それ以上言っちゃダメー!」
茜による小恋の秘密暴露発言を、冷静さを失いかけている小恋が慌ててさえぎった。
しかし、慌てれば慌てるほど墓穴を掘ってしまうことに小恋本人は気付いていない。
「凄く!? 凄くなに!?」
再び、エロのカタマリである渉が、茜の発言にこれでもかというほど反応する。
誰かのエロイ発言にことごとく反応する渉の脳内は、きっとエロで満たされているに違いない。
「聞きたいぃ? 渉くん?」
「ぐはっ! き、聞きたいです! 茜様!」
もはやプライドもなにもあったものではなかったが、エロが絡んだ渉の理性はすでに完全に崩壊していた。
もっとも、思春期の男であるなら、同級生の少女による魅惑の発言には反応してしまって当然なのかもしれない。
「言ってもいいかなぁ? 小恋ちゃん〜?」
「ダ、ダメに決まってるでしょぉ〜!」
「えぇ〜? どうしてぇ?」
「ど、どうしてって……違うもん! 私は……なんて好きじゃないもん!」
その瞬間、場の男二人の時間は完全に停止した。
真面目のカタマリに見える小恋がそんなセリフを言うなどと誰が想像したであろうか。
いや、誰も想像などできなかっただろう。
それほど、小恋の発言の破壊力は大きかった。
「ぐはっ! 俺もう死んでもいい……」
エロかわいい少女によるかわいそうな犠牲者第一号、渉。
「これは……ありかも……」
エロかわいい少女によるかわいそうな犠牲者第二号、義之。
「ふむ……月島嬢からそんな発言が飛び出すとは」
そして、場の男の中で唯一犠牲者にはならなかった男、杉並。
この男にとっては、小恋のエロ発言など興味がないといったところなのだろう。
そういうところだけは、健全な二人の男子達にも多少は見習って欲しいものだ。
「もう! 杏、茜ぇ〜!」
「あはは、やっぱり小恋ちゃんってばおもしろ〜い!」
「フフ、こうやって一日一回は小恋をいじらないと」
そこでいったん、杏と茜による小恋いじりは終了した。
犠牲者二名のご冥福をお祈りいたします。
そんなナレーションが聞こえてきそうな微笑ましいやりとりであった。


「さて、それじゃあ今度こそ始めるか」
仕切り直しの意味もかねて、義之が友人達に向けてそう口にする。
珍しく真面目な顔をした義之を見て、友人達も真面目な顔へと変化した。
「どの教科からやるよ?」
各々得意な教科と苦手な教科があるだろう。
それを確認する意味も含めて、義之は友人達に意見を求めた。
「各々がやりたい教科をやって、分からないところを他の人に聞く、というのはどうかしら?」
「うん、そうだな。特に問題もなさそうだし、それでいいんじゃないかな」
義之の質問に、杏が具体的な方法案を述べる。
杏の意見には特に不都合なども見られなかったので、義之は杏の意見を受け入れることにした。
「それじゃあみんな。適当に始めてくれ」
義之の発言を合図にして、各々がやりたい教科の宿題をする準備を始めた。
それぞれ準備が終わると、それぞれが集中して宿題に取りかかる。
最初のうちしばらく部屋の中には、先ほどの騒がしさとは正反対の沈黙が支配していた。
「ねぇねぇ、ここの問題ってどうやって解くのかな?」
「これは、この式にこの結果を代入して解くんだよ」
「あ、なるほど〜」
数学の問題に対するななかの質問に茜が答える。
わかりやすく解説する茜の説明によって、ななかは問題を解くことができた。
「この問題の答えってどれかな〜?」
「これはたぶん、こういう意味だから、3番じゃないかな?」
「ありがと〜」
現代文の問題の答えに詰まった小恋に義之が協力する。
長年一緒の二人が、協力して問題を解いていく。
「誰か、この問題の答えを教えてくれ〜」
「これはね、ここをこうするとこうなるから、これが答えだと思うよ〜」
「おお、サンキュー」
物理の問題で混乱する渉に小恋が丁寧に解き方を教えていく。
元々勉強が得意な小恋が教えることで、なんとか渉も問題を解いていった。
終始このような様子で、誰かが分からない問題について質問し、 誰かがその質問に答えるという繰り返しをしながら、各々が自分のペースで宿題を進めていった。
その繰り返しで時間は過ぎていき、気付いたときには時間は夜中の8時にまでなっていた。
「ふぅ、大分頑張ったなぁ」
「うん。おかげでかなりの量の宿題が終わったよ〜」
小恋の言葉通り、普段からは考えられないほど長時間集中してやり続けたおかげで、 学校から出された宿題の大半は片付いていた。
全員が、協力してやることの効率の良さを改めて実感していた。
「これだけやっちまえば、あとは楽なもんだよな」
「そうね。あとは一人でも十分出来る量しか残っていないでしょうし」
「うんうん、みんな頑張ったもんねぇ」
実際、残りの宿題はといえば、一人でも短時間で片付くであろう量しか残っていなかった。
長時間頑張ったことで疲れはしたものの、これで残りの夏休みを遊んで過ごせるのなら安いものだろう。
「さて、そんじゃ今日はこれでお開きにするか」
「賛成〜、今日は疲れちゃったからすぐに眠れそうだよ〜」
時間も時間だっただけに、誰も義之の提案に反対はしなかった。
というよりは、やるべきことはほぼ全てやったのだから、あとはもう帰るしかやることがなかった。
そういうわけで、友人達は片付いた宿題を片付け、家に帰る準備を始めた。
量が量だけに片付けるのに時間がかかってしまったが、しばらく会話をしながら片付けていると、 全員帰る準備が整ったらしかった。
「それじゃあまたね、義之」
「バイバイ、義之くん」
「じゃあねぇ、義之く〜ん」
「またね、義之」
「それじゃあな、桜内」
「じゃあな、義之」
「また会おうではないか、My同士桜内」
各々が義之に別れの言葉を告げ、玄関の扉から外へと出て行った。
騒がしい友人達は、玄関を出るときも変わらず騒がしかった。
「おう、みんなまたな」
そんな微笑ましい仲間達に向かって、義之も同じように別れの言葉を告げる。
騒がしい友人達の後ろ姿が消えたのを確認して、義之は玄関の扉を静かに閉めた。
そして、音姫と由夢が来るであろう居間へと戻っていくのだった。


友人達が帰ったあと、いつものように義之は、音姫と由夢と一緒に晩ご飯を食べていた。
会話の話題はもちろん、今日の勉強会のことが中心となっていた。
「今日はみんな頑張っていたよねぇ」
発端は小恋だったとはいえ、音姫も今回の勉強会開催に大きく貢献していただけに、 どうなるかが心配だったのだろう。
意外にも頑張っている弟と友人達を見て、心なしか音姫も安心しているような気がした。
「本当に、真面目な皆さんはともかくとして、 兄さんや板橋先輩があんなに頑張っていたなんて信じられませんね」
実際、義之や渉がこれほど真面目に宿題をしようなど、本人すら思っていなかったことだろう。
そう考えると、義之をからかう由夢の言葉は、義之自身の心の声の投影なのかもしれなかった。
「はは、自分でもあんなに頑張れたのが不思議でしょうがないよ」
義之自身も、あれだけ嫌いな勉強を半日以上も続けられたことに驚いていた。
それはおそらく、仲の良い友人達がいたからに他ならないだろう。
もしも自分一人しかいなかったら、夏休み中に宿題を終わらせられたかどうかすら疑わしい。
そういう意味でも、義之にとって、友人達の存在は大きなものなのだと感じられた。
「とりあえず、これで一番の問題は片付いたわけだ」
実際、夏休みを迎えた学生にとって一番厄介とも言える問題が片付いたのは非常に大きかった。
宿題さえ終わってしまえば、あとは遊ぶことだけを考えていればいいのだから。
「そうだね。これで、宿題を気にせず色んなところに遊びにいけるもんね」
「うん。なんだかんだ言って、アイツらには感謝しないといけないな」
それは、付き合いが長いからこそ考えられる、上辺だけではない素直な感想だと言えた。
最初は乗り気ではなかった自分だったが、友人達と協力してなにかをすることは、 不思議と苦痛ではないものだと感じていた。
義之と友人達の付き合いの長さが、義之にそんな感情を抱かせたのかもしれない。
「さて、今年は一体どんな夏休みになるのかな」
「兄さんと関わる夏休みが、普通の夏休みで終わるはずはないですけどね」
「はは、そうかもな」
こうして、いつもと同じようでいつもとは少し違う始まり方をした夏休み。
周囲には、二人の個性豊かな姉と妹、そして沢山の友人達。
義之は、今年の夏休みは一体どんなことが起こるのかと想像するのだった。


第4話へ続く



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