小さくなった義之
第21話 終わりの始まり その4



「さて、次はどこにいきますかね」
雪月花の三人と別れた義之は、次にどこにいくかを考えていた。
「飯でも食いに行くとするか」
時間がすでに昼食の時間帯ということもあり、次の目的地は昼食を取れる所に限定された。
喫茶店にでもいくか、あるいは自宅で何かを作るか。
自宅で食べるなら、何か材料を買っていかないといけないな。
そんな思考をしながら商店街を歩いていると、義之の目に再び、見知った顔が見えてきた。
「よぅ、何やってるんだ?」
「あ、義之くん」
「なんだ、桜内か」
商店街の服屋の前で何か話し合っていたななかと美夏に、興味本位で義之は話しかけた。
今日は知り合いによく会うな、ということを考えながら。
「途中で偶然天枷さんと会ったから、一緒に行動しようって誘ったんだ」
「そういうことだ」
「ふむ、なるほどね」
ななかと美夏も、義之と同様、偶然商店街で出会ったようだ。
夏休みということで、二人もまた暇を持て余しているのかもしれない。
「そろそろ昼時だし、飯でも食いにいかないか?」
特に考えがあったわけではなかったが、なんとなく義之は、二人にそう提案した。
「それはデートのお誘いかなぁ? 義之くん」
「はは、そんなとこかな」
デートという単語が出てきたことで、義之に数秒、恥ずかしさという単語が生まれたような気がした。
しかし、それは本当に数秒で、義之がそんな感情を感じたことを自覚することはなかった。
「だってさ。どうする? 天枷さん?」
「美夏は、白河がいいなら別に構わないぞ」
本当に付き合いたくないとはななかも思ってはいないだろう。
冗談っぽく美夏に問いかけるななかの様子から、それは容易に伺えた。
こんな一面からも、ななかという人間の悪戯好きな一面がよく出ていると言えた。
「そんなわけで、不肖白河ななか、義之くんのお誘いに応じる構えであります」
「仕方がないから、美夏も付き合ってやるぞ」
正反対の了承を示す二人の様子が対照的でなかなかに面白い。
義之も、そんな二人の好意を快く受け取ることにした。
「そんじゃ行こうか、二人とも」
「うん、義之くん。しっかり私達をエスコートしてね?」
「はは、頑張るよ」
「美夏のことも忘れるなよ? 桜内」
「あぁ、分かってるって」
そんな会話をしながら、三人は、昼時の商店街を歩きだした。


「さて、どこで食べるよ?」
「私は義之くんの好きなところでいいよ」
「美夏も桜内に任せるぞ」
歩き出した三人は、どこで昼食をとるかを相談する。
ななかと美夏の二人は、どこにするかの意見を義之に一任した。
「そうだなぁ。せっかくだし、俺の家にでも来るか?」
半分冗談でそう提案する義之。
「う〜ん、どうしよっか? 天枷さん」
「美夏は別にどこでもいいぞ?」
ななかと美夏は、義之の提案を受けるか否かを相談する。
そんな二人の様子を見た義之は、やはりどこかの店の方がよかったかな? と一人思考していた。
しかし、当のななかと美夏は、義之の予想とは正反対の反応を見せた。
「それじゃ、お邪魔しちゃおっかな?」
「自分で言っておいてなんだが、ホントに俺の家なんかでいいのか?」
もっとオシャレな店の方がいいんじゃないか。
そんな考えでそう確認する義之とは裏腹に、ななかと美夏は微笑みながら返答する。
「ふふ、義之くん、自分で言ったことじゃない」
「そうだぞ、桜内。男なら、自分の発言には責任を持つべきじゃないのか?」
「いや、そうなんだけどさ。女の子は、もっとオシャレな店とかの方がいいんじゃないかなと思ってさ」
義之の知識の中では、女性はそういった店を好むという認識があった。
そのため、ななかと美夏もそうなのではないかと考えたのだろう。
「私は、変にオシャレな店より、行き慣れた義之くんの家の方がいいかな」
「美夏は別にどこでもいいのだが、白河が行きたい方に行こうと思うぞ」
そんな二人の意見を聞いて、義之は、なんとも庶民的な女の子達だなと感じずにはいられなかった。
とはいえ、そんな二人だからこそ、義之は二人を魅力的だと感じるのだろうとも思えた。
「それじゃ、スーパーで買い物でもしてから帰ろうか」
「うん、そうしよっか、義之くん」
「美夏も付き合うぞ、桜内」
「あぁ、悪いな、二人とも」
昼食の場所が決まったところで、三人は食材を調達するためにスーパーへと向かうことにした。


「さ、入ってくれ」
「うん、お邪魔しま〜す」
「邪魔するぞ」
スーパーで買い物を終えた三人は、寄り道などはせずに義之宅へと到着した。
特に用事などがなければ、音姫と由夢が中にいるはずだ。
「音姉、由夢、ただいま〜」
家のどこかにいるであろう二人に向かって、義之がただいまの挨拶をする。
すると、居間の方から音姫が顔を出した。
「あれ、弟くん、帰ってきたんだ? ……って、白河さんに天枷さんも?」
義之達を迎えた音姫が、帰ってきた義之と、その後ろに立つななかと美夏の存在を見て驚く。
その様子を見て、義之が事情を説明する。
「商店街で二人に会ってさ。せっかくだから招待したんだ」
「そうなんだ。あ、でも、弟くんや白河さん達が来るなんて知らなかったから、 お昼ご飯は私と由夢ちゃんの分しか用意してないよ?」
まさか義之が戻ってきた上にななかや美夏が来るとは思っていなかったので、音姫は心配そうな口調でそう言った。
しかし、それを理解した上で、義之達は自宅に戻ってきたのだ。
「うん、そう思って、スーパーで自分達の分の食材を買ってきたんだ」
「そっか。用意周到だね、弟くん」
「うん、自分の分は自分で用意しないとな」
音姫との会話も終わり、義之は、後ろで待機している友人に話しかける。
「さて、それじゃ上がってくれよ、二人とも」
「うん、お邪魔しま〜す」
「お邪魔します」
義之の言葉を合図に、ななかと美夏が家に上がりこむ。
そして義之は、玄関から二人を居間に通す。
「料理が終わったら持っていくから、それまで好きなようにくつろいでてくれ」
「了解だよ、義之くん」
「あぁ、待たせてもらうぞ、桜内」
二人が居間の中に入ったのを確認して、義之は、料理をするために台所へと消えていった。
居間では、ななかと美夏を交えた女同士の会話が繰り広げられていた。


「出来たぞ〜、二人とも〜」
音姫と協力して、義之は料理を完成させた。
完成した料理を皿に盛り、ななかと美夏、由夢の待つ居間へと運ぶ。
「待たせて悪かったな、三人とも」
「ううん、由夢ちゃんや天枷さんとお話してたから平気だよ」
「たまにはこういう時間もいいものだな」
「私も、お二人と話していて楽しかったですから」
普段あまり会話をしない相手との会話を、三人は楽しんでいたようだ。
そんな三人を見た音姫の表情は、心なしか柔らかいものであるように感じられた。
「さて、それじゃ食べようか」
義之のその言葉を合図にして、各々が皿に盛られた料理を食べ始める。
そして、家族の団らんのような会話も同時に開始された。
「へぇ、原因になった女の子かぁ」
「そんな少女がいたとは初耳だな」
少し前に雪月花の面々とした会話と同じ反応をする二人を見て、義之は少しだけ微笑んだ。
もっとも、義之が例の少女の話をしたのは音姫と由夢しかいない。
ゆえに、会話の最初が同じセリフになってしまっても不思議ではない。
「それで、そのときにもらった薬は、あの戸棚の中にあるんだ?」
「あぁ。どうなるか怖くて、まだ飲んでないんだけどな」
特に隠しても仕方がないということで、義之は素直に現状を二人に説明した。
ななかも美夏も、特段そのことを追求したりはしなかった。
「私と由夢ちゃんと弟くんで相談したりもしたんだけど、結局まだ飲んでないんだよね」
「ええ。こればっかりは、兄さんの臆病だけでは説明出来ないんですけど」
「うん。我ながら意気地なしだとは思うんだが、頭では分かっていても、心の方が……な」
実際、臆病だと言われたらその通りだとしか言えないのも確かだ。
しかし、人間というのは、恐怖を感じないようには出来ていないのだ。
義之がいまだに、恐怖から薬を飲めないのを責めることは誰にも出来なかった。
「でも、その薬以外には、解決方法みたいなものはないんだよね?」
「あぁ。今のところは、それしか方法は見つかってないんだよな」
もう一度あの少女に会えれば、状況は変わるかもしれない。
だが、もう二度と会えないかもしれない少女に頼るのは現実的とは言えなかった。
「まぁ、まだ時間はあるんだし、ゆっくり考えたらいいんじゃないかな?」
「そうだな。難しく考えるなんて、桜内らしくないからな」
「はは、そうかもな」
そんな二人の言葉を聞き、義之は再び雪月花との会話を思い出す。
彼女達にしろななかや美夏にしろ、義之のことを思う気持ちに変わりはない。
義之もそれを理解しているのか、二人の言葉に静かに頷いた。
「でもね、義之くん」
数日前のデジャヴ。
義之がそんなことを感じたかは定かではない。
だが、次にななかが言うセリフを、義之は容易に想像出来ていた。
「待っているだけじゃ何も解決しない。時には、怖いことに飛び込んでいく勇気も必要なんだよ」
そこでななかは、いったん間を置いた。
義之を含む面々は、静かに続きの言葉を待つ。
「……なんてね。ちょっと偉そうだったかな?」
珍しく真面目な言葉を口にしたななかが、少しだけ恥ずかしそうに頬を染めた。
それを聞いていた義之は、自分の気持ちを素直にななかに伝える。
「……ななかの気持ち、ちゃんと伝わったよ。ありがとな、ななか」
「ふふ、お礼なんていらないよ。だって私達、友達じゃない」
そんなななかの優しい言葉を、義之は素直に受け止めることにした。
そして同時に、友人の大切さというものを今一度再認識することになった。
「頑張れ、義之くん。義之くんなら、きっと出来るよ」
「……ああ。サンキューな、ななか」
思いもよらないななかからの激励の言葉に、義之の涙腺が緩みそうになる。
実際に泣きはしなかったが、感動で泣いてしまってもおかしくない精神状態にはなっていた。
「そうだな。ウジウジ考えているのは桜内らしくない。男なら、ビシッと覚悟を決めてみせろ」
「うん。私の知ってる弟くんなら、きっと大丈夫だよ」
「ええ。雑草のような兄さんが、この程度のことでどうにかなるはずがないですからね」
言葉こそ違えど、場の誰もが、義之のことを信じているのだ。
そのことを本能で理解している義之は、彼女達に心の中でお礼を言った。
「はは。雪月花にしろお前らにしろ、たまに凄くいいことを言ってくれるんだからなぁ」
そう口にした義之の顔からは、さらに少しだけ迷いが消えたように感じられた。
友人達の助言が、義之の心のモヤをさらに少しだけ吹き飛ばしたのだ。
そんな義之の心情を読み取った少女達が、義之に最後のアドバイスを送る。
「頑張って! 義之くん!」
「不本意ではあるが、応援してやらんこともないぞ、桜内」
「弟くんならきっと出来るって信じてるよ、弟くん」
「雑草なら雑草らしく、たまにはビシッと決めてくださいね、兄さん」
四人の激励の言葉に、義之の心がさらに少しだけ温かくなったように感じられた。
友人と家族の大切さを、義之は改めて実感していた。
「はは、サンキューな、みんな」
友人達の優しさに、義之は再び謝礼の言葉を向けた。
友人そして家族というものの大切さに、義之は改めて向き合うこととなった。


第22話へ続く



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