小さくなった義之
最終話 終わりの始まり その5




「またな、二人とも」
「うん。頑張ってね、義之くん」
「幸運を祈ってるぞ、桜内」
昼食を終え、芳乃家の玄関を出たななかと美夏は、別れの挨拶と共に各々の帰路へと帰っていく。
二人の背中が見えなくなった頃、義之も、音姫と由夢の待つ芳乃家へと戻っていった。


ななかと美夏が帰ったことを確認した義之は、音姫と由夢が待つ居間へと戻った。
居間にいた音姫と由夢は、友人を見送った義之を出迎えた。
「白河さんと天枷さん、帰ったんだ?」
「ああ。騒がしい奴らが帰って、ちょっと静かになったかな?」
「寂しいんですか? 兄さん」
「はは、まさか」
そんな会話をしながら、義之はコタツへと足を入れる。
それを確認して、音姫と由夢が義之に話しかける。
「それで、弟くん」
「ん?」
「覚悟は……決めたの?」
「……」
音姫の言葉に、義之は、心を見透かされたような感覚を体験した。
音姫の言う『覚悟』とはもちろん、薬を飲むかどうかの決意をしたかということに違いなかった。
「……うん。珍しく色々と考えた。色んな人に後押しもしてもらった」
そこまで言って、義之はいったん言葉を止める。
音姫と由夢は、そんな義之の言葉の続きを静かに待つ。
「だから……俺、あの薬を飲もうと思う。飲んで、今の現状を変えるんだ」
それが、義之が表現出来る精一杯の言葉に他ならなかった。
大切な家族である二人に、自分の真摯な思いを伝えたのだ。
「……うん。弟くんがそう決めたのなら、私は何も言わないよ」
「ええ。私も、兄さんが考えて決めたことなら、応援しますよ」
「……はは。二人とも、ありがとな」
二人の温かい家族の優しい言葉に、義之の涙腺が緩みそうになる。
もちろん、実際に泣いたりはしなかったが。
「さて、あの薬は確かこの辺にあったよな」
義之が、少女にもらった薬をしまった場所を探す。
しばらく戸棚の中を探すと、すぐに薬を発見することが出来た。
そうして義之は、発見した薬をテーブルの上に置いた。
「うーむ。いざとなるとやっぱり怖くなってくるな」
飲むと決断はしたものの、実際に実物を前にすると、 何が起こるか怖いという感情がわき上がってきた。
しかし、そんな義之の決意を固めさせたのは、 他でもない音姫と由夢の二人の言葉に他ならなかった。
「勇気を出そう? 弟くん。私達は、何が起こっても弟くんの味方だから」
「そうですよ。たとえ何があろうとも、 兄さんが私達の兄さんであることには変わりがないんですから」
「……はは。全く、アイツらといいお前らといい、 たまに凄くいいことを言ってくれるんだからなぁ」
瞬間、義之の顔には、清々しい笑顔が浮かんでいた。
二人の家族の温かい言葉を耳にし、義之の覚悟は完全に決まった。
「うん。一気にいくぞ! ……んっ!」
その言葉を合図にして、義之は、手に持った薬を一気に飲み干す。
量はそれほどではなかったので、十秒もしないうちに、薬は完全に空になった。
「……ふぅ」
「全部飲んだね、弟くん」
「一気にいきましたね、兄さん」
一気に薬を飲み干した義之に少しだけ驚いた音姫と由夢。
しかし、そんな驚きはすぐにどこかにいき、 次の興味は、薬を飲んだ義之にどんな変化が訪れるのかということに集中していた。
「……? 特に変化がないな」
義之の言葉通り、薬を飲んだにも関わらず、義之にこれといった変化は見られなかった。
三人の間に、安堵と不安の両方の感情が押し寄せてくるような気がした。
「もしかしたら、効果が出るまでに時間がかかるのかもしれないね」
「そうだとしたら、もう少し様子を見る必要がありそうですね」
「そうだな。しばらく様子を見る……?」
義之が、『しばらく様子を見ることにしようか』と言おうとした刹那。
義之の体に大きな変化が訪れる。
「……くっ……ああっ!」
「弟くん!? どうしたの!?」
「大丈夫ですか!? 兄さん!?」
突然苦しそうにうなる義之の様子に、音姫と由夢が、心配そうに義之に声をかける。
しかし、当の義之には、二人の声に返事を返す余裕はなかった。
「ぐぅぅっ! ……あぁっ!!」
「弟くん!?」
「兄さん!?」
その瞬間、義之の体から、瞬くばかりの光が放出される。
そして、苦しそうな声をあげる義之の体を、放出された光が覆い尽くしていく。
「あぁぁぁっ!!」
そして、目を開けているのさえ難しいほど眩しい光が、三人のいる居間を覆い尽くす。
居間を覆い尽くした光はしばらく続き、収まるまでに数十秒の時間を要した。
「……収まったのかな?」
「……凄い光でしたね」
眩しい光がようやく収まり、音姫と由夢は、冷静に周囲を観察する。
そして二人は、義之がどうなったかという事実を確認しようと義之の方を見る。
「……ん? ……俺は一体どうなったんだ?」
「ええ!?」
「なっ!?」
義之の方を見た音姫と由夢の二人は、義之の『変化』に、 今までで一番驚いたと言っても過言ではないほど驚かされてしまった。
その驚きは、義之が子供に戻ってしまったときと同程度と言っても差し支えはなかった。
「……? どうしたんだ? 二人とも」
当然ながら、義之自身は、まだ自分の身に起こった変化には気付いていない。
だが、数秒後、嫌でも自分の変化に気付かされることになる。
「お、弟くんが……女の子になっちゃった!?」
そう。
高く澄んだ声、大きくつぶらな瞳、小柄で小さな身体。
今、音姫と由夢の目の前には、 紛れもない『女の子』になってしまった義之の姿があった。
「え……ええ〜!?」
三人の驚きの叫びが、静かな芳乃家に響き渡る。
ああさようなら日常の日々よ。
そしてこんにちは、さらに混沌とした非日常の世界へ。
どうやら、三人の受難の日々はまだ終わりになりそうにはなかった。
三人が、普通の日常に戻れるのは一体いつになるのだろうか。
そんなことを考えながら、義之を元に戻すための日々が再び始まるのだった。


終わり



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