小さくなった義之
第20話 終わりの始まり その3



少女から、元に戻れるはずの薬をもらった次の日。
義之、音姫、由夢の三人は、芳乃家の居間に集まっていた。
「さて、あの女の子からもらった薬がここにあるわけだが」
義之達は、少女からもらった薬をテーブルの上に置き、薬を囲む形で三人座っていた。
集まった原因はもちろん、薬をどうするか、という点に集約される。
「前例があるから、簡単に飲むわけにもいかないよね」
少女からもらった薬でとんでもない目にあったこともあり、 飲むべきか飲まざるべきか、そう簡単に決めることはできなかった。
この談合は、それを決めるための家族会議のようなものと言って差し支えなかった。
「でも、可能性があるならかけてみるべき、というのも選択肢のうちですよね」
由夢の言う通り、可能性がゼロではないのなら、かけてみるべきなのかもしれない。
しかし、さらに状況が悪化する可能性がある可能性にかけるというのも現実的ではない気もした。
「うーむ、考えてもらちがあかないな」
三人の思考は堂々巡りを繰り返し、決断にまでいたる気配が全くない。
何か決定的な『覚悟』のようなものが必要なのかもしれない。
「とりあえず、そんなに急いで決定することもないんじゃないかな」
夏休みはまだ長い。
ことを急いで状況が悪化するかもしれないことを考慮すると、 今急いで決断することもないのかもしれなかった。
「そうですね。もう少し考えてからの方がいいのかもしれないですね」
実際、急ぎすぎてもろくなことがないというのが通例だ。
そう考えた三人は、少女からもらった薬を飲むのは、 もう少し考えてからにしようという結論に達した。
「そうだな。もうしばらく様子を見てから決めようか」
そこでいったん、薬に対する考察は終了した。
とはいえ、それが重要な手がかりであることも違いなかったので、 少女の薬は義之が厳重に保管することに決まった。
「さて、それじゃ、夕食の準備をしましょうか」
「ああ。俺も手伝うよ、音姉」
「うん、お願いするね」
いったん薬のことは忘れることにして、 義之と音姫は、夕食の準備に取りかかることにした。
家族三人の大切な時間。
そんな時間を過ごすことで、少しの間だけ、問題なことを忘れられる気がした。


薬を飲むのはしばらく様子を見ると判断した次の日。
義之は、暇つぶしのために商店街に来ていた。
もしかしたらあの少女に会うかもしれないという思いもあったが、 残念ながら少女に出会うことはなかった。
「ふむ。休日というのはなぜこうも暇なんだろうか」
休日だからこそ言えるその一言であったが、 平日になるとまた考えが変わるから不思議なものだ。
そういう意味でも、人間の適当さというのはなかなかに面白い。
「お? あれは小恋と茜に杏か?」
商店街を用もなくぶらぶらしていた義之は、前方に見知った三人組を発見した。
特に用があったわけではなかったが、なんとなく三人に声をかけてみることにした。
「よ! 何してるんだ?」
「あ、義之」
「義之くん。チャオ〜」
「最愛の私達をストーキングかしら? 義之」
「はは、んなわけねーだろ」
そんないつものやりとりを楽しむのもいいものだと義之は思う。
友人達と過ごす時間もまた、人生において貴重なものなのだ。
「特に何かしているってわけじゃないんだけどね」
「夏休みでやることもないから、商店街をぶらぶらしていただけだよ」
「要するに、義之と同じね」
「なんだ、お前らも寂しい夏休みを満喫中ってわけか」
若い男女が揃いも揃って暇を持て余しているというのは、なかなかに悲しいことだ。
だが、夏休みという長い時間なのだ。
多少は暇な時間というものが出てきても不思議ではない。
「そんじゃ、せっかくだし、一緒に過ごしてみるか?」
「それはデートのお誘いかなぁ?」
「バーカ、そんなんじゃねーよ」
「そう言いながら、心の中では、断られたらどうしようという思いが交錯している感じかしら?」
「はは、お前ら相手にそんなこと思うわけないだろ」
実際、義之にとっての雪月花の面々は、 良い友達ではあっても、好きという感情からはほど遠い。
せいぜい、恋人未満友達以上がいいところだ。
「でも、子供の義之と一緒にいると、なんだか別の勘違いをされそうだね」
「いや、俺だって好きでこんな姿になったわけじゃねーって」
「案外、ロリとショタという幼児体型同士、意外と気があうかもしれないわよ?」
「はは、ありえねー」
「そう言いながら、心の中では」
「もうそのネタはいいっての」
杏の二度目のお遊びを、義之が軽く受け流す。
そして、誰からともなく、三人で過ごそうという流れになっていく。
「さて、そんじゃ行こうぜ」
「うん。まずはどこに行く?」
「そうだねぇ。定番ならカラオケとかかな?」
「三人揃ってホテルなんていう手もあるわよ? 夢の4Pなんて」
「ストップストップ! それ以上はマジでシャレにならん」
「あら、残念」
「あら残念、じゃねーっての」
杏の下ネタトークを、義之が慌てて止める。
そんな予想通りな反応をする義之を見て、杏は満足そうに微笑んでいた。
「もう! バカなことばっかりやってないで、早く行くよ〜!」
「ほら見ろ。杏がバカなことを言ってるから、小恋が怒っちまったじゃねーか」
「うーん、あれは怒っているっていうより」
「茜! 余計なことは言わなくていいの!」
「あは、怒られちゃった」
「全く。お前らといると退屈しないな」
いつものメンバーでのバカ騒ぎ。
色々と危ない発言が飛び出したりはするものの、不思議と嫌な感じはしなかった。
それはおそらく、彼らの付き合いの長さゆえのものだろう。
義之は改めて、親しい友人の大切さを実感させられたような気がした。


「はぁ〜! 久しぶりに遊んだねぇ」
「カラオケでこんなに遊んだのって久しぶりだよ〜」
「義之は相変わらず歌が上手かったわね」
「はは、上手いってほどじゃねーよ」
出会ってのち四人は、商店街にあるカラオケへと繰り出していた。
なんだかんだ言いながら、全員でかなりの数の歌を歌った。
小恋が意外と美声だったとか、茜と杏が悪ふざけをしただとか、 義之が相変わらず歌が上手かったとか、たわいのないことで盛り上がった。
「さて、これからどうする?」
「沢山歌って疲れたから、喫茶店にでも入って休憩しない?」
「賛成〜! 甘いものが食べたい気分だよ〜」
「決定だね。それじゃ、いつものところに行きましょうか」
満場一致で、次の目的地は喫茶店ということに決まった。
一同は、喫茶店に向けて商店街を歩き出した。


「うわ、涼しいねぇ」
「さすがに夏休みだけあって、人も多いね」
「みんな考えることは同じってわけだ」
「カップルもちらほらいるわね」
外の暑さを和らげるため、涼しい屋内に避難する客が多いらしく、 店内にはかなりの数の客が座っていた。
なかには、カップルらしき男女の姿も見えて、ああ夏なんだなと思わずにはいられなかった。
義之達は、適当に空いている席を見つけ、そこに座る。
「さて、そんじゃ適当に何か注文しようぜ」
席に座った各々がメニューを開き、注文を決めていく。
全員が注文を決めたのを確認して、義之がウェイトレスを呼ぶ。
ウェイトレスが来たところで、全員が注文を伝える。
全員が注文を終えたところで、ウェイトレスが注文を復唱する。
そして、間違いがないことを確認し、ウェイトレスは店の奥へと消えていった。
「それで義之。元の姿に戻る手がかりとかは掴めたの?」
ふいに小恋が、タイムリーな疑問を口にする。
隠しても仕方がないということで、義之は、ここ数日の出来事を三人に説明した。
「へぇ。原因になった女の子ねぇ」
「そんな女の子がいたというのは初耳ね」
義之は、特に聞かれなかったという理由で、 音姫と由夢以外には少女のことを説明していなかった。
実際、説明したからどうにかなるということでもなかったので、 三人も特に義之を追求したりはしなかった。
「で、そのときにもらった薬はもう飲んだの?」
義之は、昨日の夜の出来事までは説明しなかった。
そのために、小恋がそんな疑問を義之に投げかけた。
「いや、実はまだ飲んでないんだよな。また変なことになるのも嫌だしな」
実際、飲んで何が起こるか分からない薬を、そう易々と飲むことは難しい。
三人もそれは理解しているようで、あえてそこを責めるようなことはしなかった。
「まあ、まだ時間はあるわけだから、そう急ぐこともないんじゃないかしら」
杏も、音姫と同意見らしかった。
もっとも、杏の意見は、場の四人の総意と見てほぼ間違いなかった。
「今のところ、他に手がかりはないんだよね?」
「ああ。その薬以外に、元に戻れそうな方法はないんだよな」
少女の言葉を信じるならば、この薬を飲めば元に戻るのだろう。
しかし、あとに起こる状況を考えると、そう簡単に決意できないというのも事実なのだ。
そんな自分の悩みを、義之は素直に三人に告白する。
「杏の言う通り、そんなに急ぐことでもないんだし、 義之が本当に飲みたいと思うまで待つのも一つの手なんじゃないかな?」
「そうね。急ぎ過ぎて失敗したら元も子もないわけだし」
「そうだねぇ。人間、急ぎすぎるとろくなことがないしねぇ」
三人の意見ももっともだと感じられた。
人間、急ぎすぎてもろくなことはないのだ。
義之も、そんな三人の意見に特段反論したりはしなかった。
「でもね、義之」
三人の意見を聞いて、まだ時間はあるから大丈夫。
そう考えた義之の思考を、杏の言葉がさえぎった。
「怖い怖いと現実から逃げていたら、いつまで経っても問題は解決しないわ」
そこでいったん、杏はしばしの間を置いた。
義之を含む三人が、続きの言葉を静かに待つ。
「常識を超えた現象を正常に戻すには、それなりの覚悟というものが必要なのよ」
「……杏」
アメとムチのように説得力のある杏の発言に、義之は改めて、杏という人間を見直すことになった。
その場にいた小恋と茜も、同じ考えを持ったに違いない。
「そうだねぇ。時には勇気を出すことも必要かもしれないねぇ」
「うん。怖いかもしれないけど、いつかは勇気を出さないといけないもんね」
杏の的確な発言に、小恋と茜が同意する。
そんな三人の意見を聞き、義之は、友人の大切さというのを再認識させられた。
「はは、全くお前らときたら。たまに物凄くいいことを言いやがるんだからなぁ」
そう口にする義之の顔からは、迷いが少しだけ消えたことを伺わせた。
まだ完全にとは言えないが、友人達の助言が、義之の悩みを少しだけ減らしたのだ。
そんな義之のわずかな変化を感じ取った三人は、義之に最後のアドバイスを送る。
「ファイトだよ! 義之!」
「義之くんならきっと大丈夫。自分を信じて!」
「信じる者は救われる、よ。義之」
三人の激励の言葉に、義之の心も少しだけ温かくなったように感じられた。
友人というのは大切なものだと、義之は改めて実感していた。
「はは。サンキューな、三人とも」
友人達の優しさに向けて、義之は謝礼の言葉を向けた。
友情とはなんと素晴らしいものなのだろうか。
そんなナレーションがどこからか聞こえてくるような気がした。


第21話へ続く



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