小さくなった義之
第19話 終わりの始まり その2



少女に指定された三日後。
義之は、少女の指定通り、初音島の高台にやってきていた。
「さて、言われた通り高台に来たわけだが」
高台に着いた義之は、辺りの様子を見渡し少女の姿を探す。
しかし、目視しただけでは、少女らしき姿を見つけることは出来なかった。
「まだ来てないのかな」
時刻は、少女が指定した午後の五時。
時間が間違っているはずはなかったが、少女の姿は見つからない。
「もう少し待ってみるか」
少し遅れているだけかもしれない。
そう考えることにした義之は、そばにあるベンチに座って少女を待つことにした。
「ふぅ。さすがに暑いな」
高台の階段を昇ってきたこともあって、義之の体からは、微量の汗がにじみ出ていた。
高台の気持ちいい風で涼んでいると、義之の耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あ! 弟くん、いたよ! 由夢ちゃん!」
「お、お姉ちゃん。ちょっと急ぎすぎですよ」
階段の方からは、少し前に玄関で見たはずの音姫と由夢の姿が見えてきた。
笑顔で階段を上る音姫と、 息も絶え絶えといった様子で音姫のあとについてくる由夢の姿が対照的でなかなかに面白い。
「音姉に由夢? なんだ、二人も来たのかよ」
まさか音姫と由夢が来るとは思っていなかった義之は、少し驚きながらそう口にする。
それに対して、元気が有り余っている音姫と体力の限界を迎えている由夢が言葉を返す。
「や、お姉ちゃんが、『弟くん一人だと、やっぱり心配だよ! 行こう、由夢ちゃん!』 なんて言い出しちゃったんで、私も仕方なくついてきたというわけですよ」
「だってぇ……どうなっているのか知りたいじゃない〜」
やれやれ、また音姉のいつもの癖が始まったか。
そう考える義之だったが、不思議と嫌な感じはしなかった。
むしろ、音姉はこうでなくちゃな、と思いさえした。
「まあ、来ちゃったものは仕方ない。一緒にあの女の子に会おうぜ」
「うん。いきなり来ちゃってごめんね、弟くん」
「はは、音姉らしくていいんじゃないかな」
「や、私はただ、お姉ちゃんに連れてこられただけですからね?」
「ああ、心配しなくても分かってるって」
音姫と由夢が来たことで、退屈な待ち時間が、楽しい会話の時間に早変わりした。
二人がそれを狙ってきたとは考えにくかったが、 義之にとっては結果オーライとなったことに違いはなかった。
「でも、私達以外は誰もいないね」
「そうですね。本当に今日だったんですか? 兄さん」
「確かにそう聞いたはずだったんだけどなぁ」
すでに時刻は五時半を過ぎている。
にも関わらず、少女が現れる気配は全くなかった。
義之の中で、本当に今日だったのかという疑問が浮上し始めた。
「六時になっても来なかったら、今日は諦めるかな」
「うん。あまり遅くなっても危ないからね」
「ええ。私達のようなか弱い乙女もいるわけですからね」
「はは、自分で言うなって」
実際、あまり遅くなってしまうと、音姫と由夢がいるため危険であろう。
そのことも考慮して、もうしばらく待っても少女が来なかったら、 今日は諦めて帰ることになりそうな雰囲気になっていた。
だが、そう思い始めた刹那、ふいに桜が舞い上がり、 桜吹雪が辺り一面を覆い尽くしていく。
「うわ! 凄い風と桜だな!」
「目を開けてられないよ! 弟くん!」
「凄い風ですよ、兄さん!」
音姫と由夢は、急に巻き起こった桜吹雪に驚いていたが、 義之は、この現象に見覚えがあった。
そう、三日前に少女と会ったときにも、これと同じ現象があったのを思い出していたのだ。
「……収まったか?」
「凄い風だったね、弟くん」
「台風でも来たみたいな風でしたね」
しばらくすると、何事もなかったかのように桜吹雪は収まった。
そして、先ほどまではいなかったはずの気配が一人分、その場に増えていた。
「こんにちは。今日は一人じゃないんですね」
桜吹雪から現れたのは、義之の目的の少女の姿に他ならなかった。
急に少女が現れたにも関わらず、義之はあまり驚いてはいなかった。
すでに、こんな不思議な現象には慣れてしまっているのかもしれない。
「三十分の遅刻だな」
「ごめんなさいね。ちょっと準備に手間取ってしまいました」
何の準備かは義之達には定かではなかった。
だが、少女が現れたことで、少なくとも待った時間が無駄にならずには済んだようだ。
「この子が例の女の子なの? 弟くん」
「ああ。俺がこんな姿になった原因の子だよ」
「意外と普通の女の子なんですね」
魔女のような外見を想像していたのか、 少女を見た音姫と由夢の心情は、案外普通の女の子なんだなという驚きの感情が大きかった。
少女の方はといえば、二人が来ていることには大して驚いていないように感じられた。
「後ろの方達は初めまして、になるのでしょうか?」
ふいに少女が、義之の後ろにいる音姫と由夢に話しかける。
「あ、はい。どうも初めまして」
「は、初めまして」
少し緊張気味に、二人が少女に挨拶を返す。
挨拶が済むと、少女は早速本題に入る。
「さて、用件にいく前に、何かご質問がありましたらお聞きしますけど?」
少女のこの言葉に、各々が気になっていた質問をかけていく。
とはいえ、質問ばかりが浮かんでくる状況で、全ての質問に答えきれはしないのだが。
「それじゃあお聞きしますけど、なぜ弟くんはこんな姿になったんです?」
音姫が、今回の事件でのもっとも重要とも言える質問を少女に問いかける。
対して少女は、表情を変えることなくその質問に答える。
「私が渡した薬は、飲んだ人によって起こる作用も違います。 なので、義之さんが子供に戻ってしまった原因は、私にも詳しくは分かりません」
少女にも、義之が子供になった原因は分からないという。
まだ納得しきれていない音姫の疑問を解決するかのように、少女が言葉を続ける。
「ですが、日常では体験出来ない素敵な体験は出来たでしょう?」
「……まぁ、な」
少女の問いかけに、今度は義之が答える。
実際、子供に戻るなどという不思議な体験は、通常なら絶対に出来ない体験だろう。
そして、今年の夏休みは、義之にとって過去最高に楽しかったこともまた事実には違いなかった。
「でも、一つ間違えば、もっと危険な目にあっていたという可能性もあるのでは?」
由夢が、まだ納得できていない疑問を言葉にする。
それに対して、少女がさらに続きを口にする。
「私の薬で、生命が危険になるといった大きな危険が起こることはまずありません。 私の薬で起こるのは、あくまで、普段とは違った素敵な体験、なんです」
「でも! 兄さんがこんな姿になって、どれだけ」
「由夢。もうそれぐらいにしよう」
由夢が、『兄さんがこんな姿になって、どれだけ苦労したか』と言おうとした刹那。
義之が、由夢の言葉を中断させる。
「ですが、兄さん!」
「……もう過ぎたことさ」
珍しく興奮しかけた由夢を、義之が静かにたしなめる。
そして、冷静に自分達と会話をする少女に向かって話しかける。
「俺がこんな姿になった理由とかは、この際もうどうもでいい」
本当にどうでもいいはずはなかった。
だが、これ以上そのことを話していても先に進めないと判断した義之は、少女にさらに問いかける。
「俺を元の姿に戻す方法。それがあったら教えて欲しい」
それが、少女を探し続けた義之達の、一番重要な質問に違いなかった。
少女もそれを理解しているのか、表情を少し真面目に変化させ、義之の質問に答えていく。
「方法はもちろんあります」
「本当か!?」
元に戻る方法がある。
それを聞いたとき、義之の中の感情が一気にはじけ上がったような気がした。
「はい。この薬を飲めば、100%確実ではないにしろ、元に戻れます」
100%確実ではないという言葉が少し気にかかりはしたが、 元に戻る方法があるという事実に、義之は少しだけ安堵した。
一方、そんな義之の思考とは裏腹に、少女がさらに言葉を続ける。
「ただ、これを飲む前に、一つだけ覚えておいて欲しいことがあります」
「覚えていて欲しいこと?」
少女の発言の意図が分からず、義之は再び少女に問いかける。
対して少女は、あらかじめ質問がくることを予想していたように言葉を続ける。
「この薬は、飲んだ人の願望を叶える働きがあります。 ですから、飲むときには、『元の姿に戻りたい』と強く願って欲しいんです」
「元に戻りたいと願う、か。分かったよ」
元に戻りたいと願うだけならたいしたことではないと感じた義之は、 気楽な気持ちで少女の説明に同意した。
義之がきちんと理解してくれたことを確認し、少女はカバンらしきものから液体入りのビンを取り出す。
「それでは、これを渡しておきますね」
そう言って少女は、取り出した薬ビンを義之へと手渡した。
落として壊したりしないように、義之は、受け取ったビンを丁寧にカバンの中へとしまった。
「それでは、私はこれで失礼しますね」
少女がそう言った刹那。
再び桜吹雪が舞い上がり、義之達三人の視界を覆い尽くした。
やがて、舞い上がる桜吹雪がやんだときには、そこにいたはずの少女の姿はどこにもなかった。
「消えちゃったね」
「まるで、私達の見た夢だったみたいですね」
「はは、全て俺達の見た夢だったならよかったんだけどな」
三人がそう思うのも無理はなかった。
しかし、義之が手に入れた薬ビンの存在が、これが夢ではないことを強く主張していた。
「さて、そんじゃ帰るか」
「うん。もう大分暗くなっちゃったしね」
「ええ。無事に目的も果たしましたしね」
辺りはすでに暗闇が支配している時間帯。
これ以上遅くなるのも問題だと考えた三人は、やや急ぎ足で帰路へと着くことにした。
心なしか、三人の表情にも、以前よりも確かな余裕のようなものが感じられる気がした。
最重要項目である目的の少女との邂逅を終え、三人は帰っていく。
家族との団らんの時間が待つホームへと。


第20話へ続く



もどりますか?