小さくなった義之
第16話 夏祭り その4



「よし、ここらで一発、運試しでもしてみるか」
縁日を歩いていた義之が、唐突にそう口にした。
どうやら、またなにか良さそうな屋台を見つけたらしい。
「また唐突ですね、兄さん」
由夢の言葉ももっともだと言えた。
だが、思いつきで生きる義之に、そんな正論は通用しないのだ。
「いや、俺ってインスピレーションに従って生きる男だからさ」
再びデジャヴを感じるようなセリフを言う義之を、音姫と由夢は、諦めにも似た表情で見ていた。
なにかを企んでいる義之を止めることは無駄だと理解しているのだろう。
「そして、ちょうど都合良くあそこにクジ引き屋があるわけだ」
あくまで偶然を装う義之。
雰囲気やら何やらを重要視しようとしているのかもしれない。
「おっちゃん、一回引かせてくれ」
「お、景品狙いかい? 坊や」
「はは、まあそんなとこかな」
実際には、景品が目的ではなかった。
ただ単に、自分の運を試すという目的があっただけなのだ。
「弟くん、頑張って!」
「期待しないで待ってますよ、兄さん」
正反対の応援をする二人の歓声を浴びながら、義之は、差し出されたクジを見つめる。
それをしながら、同時に目的の景品に狙いを定める。
「さて、どれを引くかな」
冷静に、どのクジを引けば目的の物が当たるかを推理する。
無駄な努力だと言われればそれまでだが、 そう言われると余計に燃えるのが義之という男なのだ。
「うーむ、これははずれな気がする……これもダメそうだな」
冷静かつ慎重に、当たりのクジがどれかを思案する。
しかし、いくら考えたところで、超能力でも持っていない限り、 当たりを引く確率は結局運頼みでしかなかった。
「ええい! 考えても無駄だ! そりゃ!」
覚悟を決めた義之が、勢いよくクジを引く。
そして、恐る恐るといった様子で、義之は店長に結果を確認する。
「おっちゃん、結果は!?」
「……ふむ」
店長が、引かれたクジに書かれた番号を確認し、景品と照合させる。
照合作業を終了させた店長は、当たった景品を義之に差し出した。
「おめでとう! 景品はこの巨大ネコのぬいぐるみだよ」
そう言って店長は、巨大なネコのぬいぐるみを取り出した。
何の偶然だろうか。
その巨大ネコのぬいぐるみは、義之が射的で取ったネコのぬいぐるみと酷似していた。
「私がもらったネコさんとそっくりだね」
その事実に最初に気付いたのは音姫。
続いて、義之と由夢もその事実に気付く。
「本当だな。まさかネコのぬいぐるみが二つ手に入るとは思わなかったよ」
「…………」
義之も、音姫同様、予想外の偶然に驚いていた。
由夢も同じように驚くかと思っていたが、由夢はなぜか、巨大ネコを見て黙り込んでしまっていた。
「ん? どうしたの? 由夢ちゃん」
音姫が、最初に由夢の変化に気付く。
黙り込む由夢を心配した音姫が、静かに由夢に問いかける。
「……え? い、いえ、なんでもないです」
明らかに何でもないという様子ではない由夢の様子に、義之が何かを思いついたようだ。
静かにネコを見つめる由夢に、義之が何気なく話しかける。
「……ふむ。巨大ネコが二匹か。俺が持ってても仕方がないし、由夢。 このネコ、もらってくれないかな?」
「……え?」
義之の予想外のお願いに、他ならぬ由夢自身が最も驚いていた。
鈍感の極みな義之が、まさか自分の真意に気付いてくれるとは思っていなかったのだ。
「いや、だから、このネコを由夢にもらってもらいたいなぁって」
「わ、私がもらっちゃってもいいんですか?」
まだ義之の言葉が信じられない。
そんな様子の由夢を見て、義之がさらに言葉を続ける。
「うん。他ならぬ由夢にもらって欲しいんだ」
「……兄さん」
義之の意図こそ完全には理解出来なかったが、義之の純粋な好意は十分に理解出来た。
由夢は、素直にその好意を受け入れることにした。
「……ありがとうございます、兄さん。私、このネコさん、大切にします」
「はは、そうしてくれると助かるよ」
由夢は、義之からの贈り物であるぬいぐるみを大切そうに抱きかかえた。
そして、音姫と同じ、心底嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
「ふふ、よかったね、由夢ちゃん」
「ん? 何か言ったか? 音姉」
「ううん、何も言ってないよ、弟くん」
「……? そっか」
音姫が何を言ったのかは、音姫自身にしか聞こえていなかった。
音姫自身も、あえて周囲に聞こえない程度の声でつぶやいたのだろう。
だが、それでいいのだ。
幸せそうな妹の笑顔を見ているだけで、自分も幸せな気持ちになってくるのだから。
「それじゃ次に行こうか、二人とも」
「うん、弟くん」
「ええ、兄さん」
三人は、再び笑顔でクジ引き屋を後にした。
また一つ、三人の忘れられない思い出が増えた瞬間であった。


「…………」
所狭しと展示される露天の一角で、由夢がふと立ち止まった。
そこには、ネックレスや指輪などのアクセサリー類が売られていた。
「ん? どうした? 由夢」
横を歩いていた義之が、由夢が立ち止まったことに気付く。
それに気付いた音姫も、歩みを止めて立ち止まる。
「どうかしたの? 由夢ちゃん」
「……いえ、なんでもないです」
そうつぶやく由夢の視線の先には、ある展示物が置かれていた。
義之が、由夢の視線の先にあるそれに気付いた。
「あの指輪が欲しいのか?」
由夢の視線の先にあったのは、綺麗に装飾された小さな指輪であった。
しかし、素直になれない由夢が、あの指輪が欲しいですなどと言えるはずもなかった。
「い、いえ、別に欲しいなんてこれっぽっちも思っていませんよ」
口ではそう言っているが、由夢の表情からは、『これを買ってオーラ』が出ているような気がした。
そんな由夢の気持ちを読み取ったのか、義之は、その指輪を購入することにした。
「おじさん、この指輪、一つちょうだい」
「お、姉ちゃん達にプレゼントかい? やるねぇ、坊主」
「はは、まあそんなもんかな」
やや照れながら店長の言葉を受け流す義之だったが、案外満更でもないように感じられた。
そんな義之の様子を見ながら、店長が購入する数を確認する。
「一つでいいのかい?」
「うん、一つで」
「に、兄さん!」
義之が『一つでお願いします』と言おうとした刹那、由夢が突然義之の名前を呼んだ。
突然の由夢の行動に驚いた義之が、行動の理由を由夢に問いかける。
「ど、どうした? 由夢」
「あ、あの……もう一つお願いがあるんです」
突然のことに驚く義之の様子とは正反対に、 珍しく緊張しているような様子の由夢が、恐る恐るといった様子で次の言葉を口にする。
「こ、この指輪……お姉ちゃんにも、同じものを買ってあげて欲しいんです」
「ええ? 私にも?」
まさか自分の名前が由夢の口から出るとは思っていなかった音姫は、さすがに驚きを隠せなかった。
そんな音姫の驚きに対して、由夢が、その発言の真意を義之に説明する。
「兄さんに指輪を買ってもらえるのは、私、凄く嬉しいんです」
照れながらそう言う由夢を、義之は不覚にもかわいいと思ってしまった。
もっとも、普段は、由夢のかわいさに義之が気付いていないだけなのだが。
「でも、私だけが幸せな思いをするのってダメだと思うんです。 だから、お姉ちゃんのことも大切にしてあげて欲しいなって……」
自分の素直な思いを、由夢は懸命に義之に伝えようとしていた。
そんな由夢のいじらしい様子を見て、義之は、改めて姉思いの妹の優しさを実感することになった。
「そうだな。俺にとっては、音姉も由夢も大切な家族なんだ。 二人には悲しんで欲しくないし、いつでも笑っていて欲しい」
それこそが、嘘偽りのない義之の正直な気持ちなのだ。
もちろんそれは、音姫と由夢にも言えることでもあるのだが。
「だから、今度は俺からお願いするよ。この指輪、どうか受け取ってください」
これが、由夢の優しさに触れた義之の精一杯の愛情表現に違いなかった。
そんな義之の純粋な気持ちを、二人の少女達が拒むはずもなかった。
「うん、ありがとう、弟くん」
「ありがとうございます、兄さん」
ただの指輪といえばそれまでかもしれない。
だが、三人にとってこの指輪は、ただの指輪以上の価値があるものになるだろう。
「というわけで、おじさん。この指輪を二つちょうだい」
「まいどあり〜! かわいい姉ちゃん達を大切にしろよ、坊主!」
言われなくても大切にするさ。
そんな義之の心の声が聞こえてくるような気がした。
かくして、義之は、大切な二人に指輪を贈ることになった。
音姫と由夢にとって、この指輪は、大切な宝物の一つになることだろう。


第17話へ続く



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