小さくなった義之
第15話 夏祭り その3



「お、射的がやってるな」
出店を歩いていた義之達は、夏祭りの定番である射的屋を発見した。
気付いてしまったからには、素通りするのは義之の勝負事好きが許さなかった。
「よし、音姉。何か欲しい景品とかはあるか?」
「ええ、私? うーん、急に言われると思いつかないなぁ」
特に欲しいものがあったわけでもなかった音姫は、射的屋の景品を見て考える。
音姫が欲しい景品を考えている間に、由夢が義之に話しかける。
「私には聞いてくれないんですね、兄さん」
「いや、お前は俺に対する罰ゲームが二回も残ってるじゃないか」
実際、なぜ音姫にだけ聞いたのかと言われれば、なんとなくというほかない。
罰ゲームの存在があったからというのは、特段理由にはならなかった。
「や、言ってみただけですから、気にしないでください」
口では軽く流していたが、心なしか、由夢が残念そうにしているような気がした。
だが、鈍感の極みである義之が、由夢の小さな変化に気付くことはできなかった。
「さて、改めて音姉。何か欲しい景品はあるか?」
十分考える時間があっただろうと考えた義之が、再度音姫に同じ質問を問いかける。
少しの間をおいて、音姫が怖ず怖ずと欲しい景品を指さす。
「あれ。あの大きなネコさんのぬいぐるみが欲しいな」
そう言って音姫は、大きいという言葉でも釣り合わないぐらい巨大なネコのぬいぐるみを指さした。
普通に考えて、弾一発でこの大きさのぬいぐるみを取れるとは思えなかった。
「うわ、また特別にデカい奴をチョイスしてきたな」
さすがに音姫がこの大きさのものを選ぶとは思っていなかった義之であったが、 他ならぬ音姫の頼みなのだ。
絶対無理だと諦めかける自分に活を入れ、音姫ご希望の巨大ネコに照準を合わせることにした。
「あれを落とすとなると、戦略が重要だな」
そう言って義之は、冷静に巨大ネコを落とす戦略を練り始める。
「…………」
無言で集中し、ネコを落とすにはどうすればいいかを模索する。
しかし、相手は巨大すぎるぬいぐるみ。
そう簡単に落とせるとは到底思えなかった。
「よし! 考えてても仕方がない。まずは試してみろ、だ!」
考えても無駄だという結論に達した義之は、まずは一発撃って試してみることにした。
銃の引き金を勢いよく引き、どうなるかを観察する。
「そりゃ!」
叫びながら放った弾が、巨大ネコへと向かって飛んでいく。
勢いよく飛んでいき、弾は見事ネコに命中した……のだが。
そこはそれ、巨大すぎるネコのぬいぐるみが相手なのだ。
弾を一発当てただけでは、落ちるどころか揺れることすらなかった。
「チクショー! やっぱり一発撃っただけじゃダメか!」
「お、弟くん? やっぱりあれを落とすのは無理なんじゃないかなぁ?」
弾が当たっても全く動じなかったネコを見て、音姫がそう義之に問いかける。
だが、当の義之はといえば、諦める様子は微塵も感じられなかった。
無理だと思えることにでも果敢に挑戦していく。
それが義之という男なのだ。
逆に言えば、単純明快なお馬鹿さんという言い方も出来るのだが。
「いやいや、まだ勝負は始まったばかりだからな。 必ず落としてやるから待っててくれ、音姉!」
「や、あれは絶対無理ですって、兄さん」
そばで義之の様子を見ていた由夢も、音姫と同意見を持ったようだ。
当然といえば当然だろう。
体長がゆうに一メートルを超えるであろうと推測される巨大ネコを、 たかが直径数センチ程度の弾で落とせという方が無茶な話なのだ。
「由夢さんよ。世の中には絶対無理なことなんてないんだぜ?」
デジャヴを感じるようなセリフを言いながら、 まだ諦めていない義之は、どうやってネコを落とすかを再び思案する。
しばし思案した義之の脳内では、ある一つの作戦が形作られたようだ。
「一発でダメなら……おっちゃん! ちょっと相談があるんだけどさ」
そう言って義之は、射的屋の店長に話しかける。
音姫と由夢は、義之の行動の意味が分からず、ただ見ているだけしか出来なかった。
「弟くん、一体何をするつもりなのかな?」
「兄さんのことですから、またろくでもないことを考えてるんだと思いますよ」
二人の心配を尻目に、義之はなにやら必死に店長と交渉していた。
最初は義之が必死になっていたが、次第に話が進み始めると、 店長の表情が少しずつ浮かないものへと変わっていく。
その店長の変化から、音姫と由夢の二人は、 義之がまたろくでもないことを考えているんだなと確信していた。
「おっしゃ! さすがおっちゃん、話がわかるな!」
やがて、かなり長い時間続いていた義之と店長の会話が終わる。
そこにいたのは、意気揚々と戻ってくる義之と、渋い顔で店の中に立つ店長の姿であった。
「弟くん、店長さんと一体何を話してたの?」
「どうせたいしたことじゃないですよ、お姉ちゃん」
今回に限って言えば、由夢の予想は見事に当たっていた。
もっとも、由夢ではなくとも、義之がどんな交渉をしてきたのかを想像するのは容易なことだろう。
そんななか、義之は、店長と何を話していたのかを行動で二人に示すことにしたようだ。
「はは、見てれば分かるさ」
そう言って義之は、射的のスタート地点にある台の端に置かれた十数丁の銃を、巨大ネコの前方に並べていく。
そこまできて、音姫と由夢にも、義之の悪巧みの内容が大体理解できていた。
そして、次の義之の発言で、予想は確信へと変化することになる。
「一発でダメなら十発だ! これぞ、『質より量』作戦さ!」
「……あはは、そういうことかぁ」
「……どうせそんなことだろうと思ってましたよ」
そう、義之は、複数の銃を同時に使わせて欲しいと店長に交渉していた。
一発では落とせそうにない標的も、 十発以上の弾を同時に撃てば落とせるだろうと義之は考えたのだ。
もちろん、通常の射的のルールを無視したそんな提案も、始めは店長が許可しなかった。
しかし、義之の粘りに粘った交渉と熱意により、ついに店長もその妙案を許可することになった。
そんな様子を見て、音姫と由夢は、これが義之という人間なんだなと改めて実感させられてしまった。
「よし、準備完了、と」
十丁以上の銃を並べた義之が、準備完了といった表情で巨大ネコを見つめる。
そして、精神を集中させ、次の発射に神経を集中させる。
そんななか、音姫が、新たに浮かんできた疑問を義之に投げかける。
「でも、同時に全ての銃の引き金を引かないと意味がないよね?  そこはどうするつもりなの?」
「や、どうせ兄さんのことですから、そこまでは考えていないんじゃないですか?」
普段の行いのイメージというものは恐ろしい。
義之のことだから、これ以降どうするのかを考えていないのではないかと二人は考えたらしかった。
しかし、そこはそれ、悪知恵の働く義之である。
当然、この先の行動についても十分考慮していた。
「ふふ、そこはちゃんと考えてあるさ。その解決法は……これだ!」
そう言って義之は、言葉で説明しづらい特殊な工具のようなものを取り出した。
説明しづらいその工具は、何か得体の知れない雰囲気のようなものを醸し出しているような気がした。
「な、何かな、それ?」
「説明をお願いします、兄さん」
その工具の特殊な形状からは、音姫と由夢も、 それがどういう意図で使われるのかを読み取れなかった。
そんな二人の疑問に答えるように、義之がその形容しがたい工具について説明する。
「これはだな、杉並発明の不思議工具の一つなのさ。これを使うことで、 全ての引き金をいっぺんに引けるという代物さ」
説明になっているようでなっていない微妙な説明をする義之。
案の定というかなんというか、音姫と由夢の疑問は、ほとんど解決されていなかった。
もっとも、音姫や由夢ではなくとも、今の説明で理解出来る者がいるとは到底思えないのだが。
「杉並の発明品を使わないといけないってのが唯一の懸念だけどな」
実際、杉並の発明で酷い目にあい続けてきた義之は、 杉並の発明品に頼らざるを得ない状況は、正直あまり好ましいことではない。
しかし、そんなことを言っていられない状況になっているこの状況では、 杉並の発明品であるということを気にしている余裕はなかった。
人間、その気になれば、どんな危険なことであろうと実行出来るものなのだ。
「よし、それじゃそろそろいくぞ」
音姫と由夢への説明を早々に切り上げ、義之は、次の挑戦に向けて精神を集中させる。
そんな義之の横では、音姫と由夢が、心配と諦めの感情を抱きながら雑談していた。
「杉並くんの発明品かぁ……心配だなぁ」
「でも、兄さんはすでにやる気満々ですからね。もう私達には止められませんよ」
実際、やる気に満ちた義之を、音姫と由夢だけで止めることは相当困難だろうと想像できた。
というより、集中する義之を見ていたら、止めようとする気持ちが少しずつ薄れてくるような気がした。
「いくぜ〜! 3、2、1……ファイヤー!!」
『パパパパパンッ』
義之が、杉並発明工具の引き金を勢いよく引くと、 置かれた全ての銃の引き金が同時に引かれる。
そうして同時に引き金を引かれた銃達から、中に入った弾が同時に打ち出された。
『ポンポンポンポンッ』
「よし、全弾命中!!」
義之の叫び通り、勢いよく打ち出された十数発の弾が、見事に巨大ネコの中心に同時に命中する。
十数発の弾が勢いよくぶつかったことで、巨大ネコがかなりの勢いで揺れ始める。
「倒れそうだよ! 弟くん!」
「まさか、本当に倒れちゃうんじゃ……」
「よっしゃ! 倒れろ、巨大ネコ!」
グラグラと揺れる巨大ネコ。
少しずつ、少しずつ、揺れは次第に大きくなり、今にも倒れそうなほど大きくなっていく。
「倒れろー!」
熱くなった義之が激昂しながら叫ぶ。
そんな義之の叫びに呼応したかのように、巨大ネコがゆっくりと倒れていく。
そうして、ゆっくりと倒れた巨大ネコは、景品台の後ろのスペースへと崩れ落ちていった。
「おっしゃー!」
「おお〜!?」
刹那、近くで見ていたギャラリー達から、大きな歓声が上がった。
まさか落ちるとは思っていなかった。
周囲の観客達全員がそう思い驚くなか、 音姫と由夢も、信じられない光景を前に声を大にして喜んでいた。
「すごいよ! 弟くん!」
「まさか本当に落ちるなんて思いませんでしたよ!」
観客達同様、まさか本当に巨大ネコが落ちるとは思っていなかった二人。
改めて、こういう状況下での義之の頼もしさを実感することになった。
「いや〜、まさか本当に落としちゃうとはねぇ」
しばらくの間、静かに様子を見守っていた射的屋の店長が、 驚きを隠せないといった表情で義之に話しかける。
店長も、あの巨大なサイズのぬいぐるみが落ちるとは思っていなかったようだ。
「完全におじさんの負けだよ。ほら、景品のぬいぐるみだよ!」
「サンキュー、おっちゃん!」
色々と苦労して入手したネコのぬいぐるみが、義之の腕の中へと無事に収まった。
苦労した分、そのネコのぬいぐるみは、想像していた以上に重いように感じられた。
「さぁ、音姉。約束のぬいぐるみだよ」
「あ、ありがとう。弟くん」
「おめでとうございます、兄さん、お姉ちゃん」
ただぬいぐるみをもらえたというだけではない。
自分のために苦労して手に入れてくれたという事実が、音姫にとってはこの上なく嬉しいのだ。
「私、このネコさん、大切にするね」
「はは、そうしてくれると助かるよ」
そう言って音姫は、大切な義之からの贈り物であるぬいぐるみを大事そうに抱きかかえた。
そして、心底嬉しそうな笑顔を義之に見せてくれた。
そんな極上の笑顔が見られただけで、義之は、頑張って良かったと思うことが出来た。
「さて、それじゃ次に行こうか、二人とも」
「うん、弟くん」
「ええ、兄さん」
三人は、微笑ましい笑顔で射的屋をあとにした。
三人にとって、この射的屋での出来事も、忘れられない思い出になったことだろう。
そんな夏の平和で静かな一時であった。


第16話へ続く



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