小さくなった義之
第14話 夏祭り その2



「こんなに買い込んでどうする気ですか? 兄さん」
音姫と由夢の前には、義之が大量に買い込んだ出店の食べ物類が置かれていた。
綿飴、たこ焼き、かき氷、チョコバナナ、水飴、等々。
思いつく限り買い込んだ義之の真意が、まもなく音姫と由夢にも分かることになる。
「ふふふ。夏祭りと言えば屋台。屋台と言えば食料品。食料品と言えば何だ!? 音姉!」
「ええ!?」
いきなり自分に矛先が向けられた音姫は、思わず情けない声をあげてしまった。
もっとも、急に無茶な振りをされたら、音姫でなくとも焦るというものだろう。
「い、いきなり何なの? 弟くん」
「いや、こういうのは勢いが大切だからさ」
「もう、いきなり言われてもお姉ちゃん困っちゃうよ〜」
音姫の意見ももっともというか、その通りでしかない。
だが、当の義之は、音姫のそんな反応に満足出来なかったらしい。
残念ながら理解してもらえなかった自分の真意を二人に向かって説明する。
「つまり、早食い競争をしないか? ということだ!」
「ええ〜? また競争〜?」
先ほど由夢に完膚無きまでに叩きのめされた男の発想とは思えなかった。
しかし残念ながら、義之の諦めの悪さは筋金入りなのだ。
こればかりは、すぐに治せと言われて治せるものでもない。
一方音姫はといえば、先ほど争ったばかりでまた争うのかという呆れの表情をしていた。
「先ほどのリベンジってわけさ」
「もう、懲りないなぁ、弟くんは」
音姫の中での義之の称号が、懲りない男に格下げされた瞬間となった。
そんな音姫の思いなど知らない義之は、さらに言葉を続ける。
「俺は簡単には諦めない男だからさ」
「要するに、諦めが悪いって言うよね、そういうの」
しばらく二人の会話を黙って聞いていた由夢が、二人の会話に割って入った。
正論すぎるその意見も、リベンジに燃える義之には効果がなかった。
「何とでも言うがいいさ。ともかく、俺ともう一度勝負だ! 由夢!」
「や、私は別に構いませんけど。罰ゲームが二回に増えるだけだと思いますよ?」
実際、次に義之が負けたら、二度も財布を寂しくすることになる。
だが、そこは義之も男なのだ。
負けっ放しで終わるのはプライドが許さなかった。
「はは、今のうちに好き勝手言っているがいいさ。 なんせ俺は、過去に『疾風の義之』と呼ばれた男だからな」
「や、意味が分からないですから」
発言が意味不明なのはともかくとして、義之がやる気満々なのは由夢にも伝わったらしかった。
負ける気などさらさらないといった様子で、由夢もまた臨戦態勢に入った。
「それで、今度は早食い勝負でいいんですね?」
「おう。ルールは単純。俺が買ってきた食べ物を相手より早く食べた方の勝ちだ」
再び、義之が対決のルールを由夢に説明する。
由夢も依存はないらしく、ここに、由夢と義之の戦いの第二ラウンドが開始されようとしていた。
「悪いけど、もう一回合図をしてくれないかな、音姉」
「もう、しょうがないなぁ。ほどほどにしないとダメだよ? 二人とも」
「はは、分かってるって、音姉」
「大丈夫ですよ、お姉ちゃん。私が兄さんに負けるなんてあり得ませんから」
音姫の心配などつゆ知らず、二人はお互い精神を集中させ、勝負の開始を待つ。
今度こそ絶対に勝つ。
義之の表情からは、そんな気迫のようなものが読み取れた。
対して由夢も、兄さんには絶対負けませんオーラを全開にしていた。
「それじゃあいくよ〜! よ〜い……スタート!」
音姫の合図をスタートにして、二人の早食い勝負が開始された。
義之と由夢は、最初に食べる目標に照準を合わせていく。
「まずは一番食べやすそうな奴からいくか!」
義之は最初に、柔らかくて食べやすそうなたこ焼きを手に取った。
だが、数秒後、見た目で選んでしまったことを義之は後悔することになる。
「あ、熱! ハフハフ、だがこれぐらいなんともないね!」
たこ焼きは義之が思っていた以上に熱く、想像以上に食べにくくなっていた。
対して由夢は、義之とは正反対のところから責めるつもりらしかった。
「私はかき氷からいこうかな」
熱いたこ焼きを食べる義之とは対象的に、由夢は冷やされたかき氷を食べ始める。
頭が痛くなることなどお構いなしに、一気にかき氷を頬張っていく。
「なに!? かき氷をそんな速度で食べたら……!!」
由夢の異常なまでの速度に、義之は想わず由夢のことを凝視してしまった。
だが、義之の心配などお構いなしに、由夢はかき氷を口の中にかきこんでいく。
「ふふ、そんなにのんびりしていていいんですか? 兄さん」
いつまで経っても、かき氷特有の『あの状態』にならない由夢に驚く義之。
そんな義之を尻目に、由夢は余裕綽々といった様子で、義之に微笑みかける。
「チクショー! 今度こそ負けねーぞ!」
そんな由夢の様子に刺激されたのか、義之は、残ったたこ焼きを一気に口の中に放り込んだ。
しかし、いい感じに熱せられた食べ物を一気に食べることの愚かさを義之は思い知らされることになる。
「ア、アヒィィィ! だば、ほれしきのほとでまへてはれるか! (訳:ア、アチィィィ! だが、これしきのことで負けてられるか!)」
恐ろしい熱さに耐えてたこ焼きを食べきった義之。
義之にしては頑張ったと言えるであろう頑張りではあったが、 残念ながらそれを褒めてくれる者はいなかった。
しかし、当の義之に、そんなことを気にしている余裕は全くなかった。
隣の由夢に少しでも追いつこうと、次の標的であるかき氷に狙いを定める。
だが、義之がたこ焼きを食べ終えた頃、由夢はすでに三つ目の品目へと対象を移していた。
「あまり無理しない方がいいんじゃないですか?」
「くっ! 見てろ! 絶対お前をギャフンと言わせてやるからな!」
状況はといえば、義之がまだ二品目なのに対して、由夢はすでに四品目へと進んでいた。
絶望的な状況。
このままではまた負けてしまう。
そんな圧倒的に不利な状況のなか、義之は必死に活路を見いだそうとする。
「おりゃあ!! 秘技、かき氷一気食い!!」
そう叫ぶと、義之は、まだほとんど減っていないかき氷を一気に口の中に入れていく。
一気に勢いよく、冷たく冷やされた氷をかき込んでいく。
しかし、その無謀な行為の先には、かき氷特有の『あの状態』の洗礼が待っていた。
「い、イテテテテ!! あ、頭が!!」
冷たいかき氷を一気に食べた反動が、義之の脳に一気に襲いかかる。
尋常ではない頭の痛みに、義之のペースが一気に落ちていく。
そんなことをしている間に、由夢はさらに食べるペースを上げていた。
「五品目終了、と」
「な!? は、早すぎないか!?」
義之がかき氷に苦戦しているなか、由夢はすでに最後の品目に移っていた。
必死に追いつこうとする義之。
しかし、現実はそう上手くはいかないというのが世の理なのだ。
「もはや絶望的ですね、兄さん」
「ま、まだだ……俺の潜在能力はこんなもんじゃねぇぇぇ!!」
必死に叫ぶ義之だったが、もはや、誰の目から見ても勝負の結果は明らかに思えた。
人間、いくら頑張っても無理なことというのはあるものだ。
数十秒後、義之は再び、過酷な現実を思い知らされることになるのだった。


「はい、終了〜!」
予想通りというかなんというか、義之提案の早食い競争は、由夢の勝利で幕を閉じることになった。
やめておけばよかった。
心底そう感じる義之であったが、今となってはすべて後の祭り状態でしかなかった。
「うぅ……また負けてしまった」
「ふふ、これで兄さんの罰ゲームは二回ですね」
「……私の完敗でございます、由夢様」
同じ相手に二回負けたとあっては、義之のプライドはもはや微塵も残ってはいなかった。
敗者としての惨めな絶望感だけが、義之の心に渦巻いていた。
「もう、全て自業自得だよ? 弟くん」
「……返す言葉もございません」
永遠の敗者桜内義之。
そんな称号が、今の義之には最も相応しいだろう。
由夢と義之の第二ラウンドは、またも義之の負けで終わった。
所詮、最弱の兄が最強の妹に勝てるはずなどなかったのだ。
そのことを嫌と言うほど実感した義之であったが、 彼はきっとこの先も無謀な挑戦を繰り返すに違いない。
そう、彼は類い希なるおバカさんなのだから。
合掌。


第15話へ続く



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