小さくなった義之
第11話 海 その4



「うん、思いついた!」
しばらく考えていた音姫が、誰かへのお願いを思いついたらしかった。
それを待っていたかのように、杉並が音姫の言葉に反応する。
「ほう、思いつきましたか。それではまず、誰に対する命令なのかを発表してもらいましょう」
テレビの司会者のようなノリで、杉並が音姫に対して質問していく。
そんな不思議なノリを無視して、音姫はお願いの相手を指定する。
「相手は、お、弟くんです!」
大方の予想通り、音姫のお願いの相手は義之に決まった。
全員の頭の中では、『ああやっぱりな』という思いが浮かんだに違いない。
「桜内くん、おめでとう!」
「おめでとうって……ちっとも嬉しくねーよ!」
実際、指名された義之の心中は、一体なにをお願いされるのか心配でたまらなかった。
しかし、義之が不安になろうがなんだろうが、これがこのスイカ割りのルールなのだ。
逆らうことなど許されるはずもなかった。
「さて、それでは続いて、桜内くんへの命令を聞いてみましょうか。音姫さん、どうぞ!」
「え、ええと……」
そこで音姫は、少し間をおいた。
おそらく、意図的にそうしたのではなく、緊張やら何やらで自然とそうなってしまったのだろう。
「お、弟くんに……『……』って言ってほしいなぁ……って」
「おお〜!!」
音姫の予想外の発言に、周囲の友人達は驚きを隠せなかった。
まさか音姫の口からそんなお願いが出てくるとは。
周囲の友人達は、ほぼ全員がそう考えていたに違いない。
その音姫のお願いは、ある意味予想通りで、 またある意味では全員の予想をはるかに超えたお願いだとも言えた。
「お、俺が音姉にそう言うのか!?」
その中でも、一番同様していたのは当の義之だった。
音姫のことが大事なのは間違いなかったが、 音姫のお願いしたセリフを、周囲に観客がいる中で言うのはさすがに恥ずかしかった。
「だが、負けた桜内に断る権利はない。さあ、覚悟を決めて言うがいい!」
「く……ああ、負けは負けだ。言ってやる、言ってやるさ!」
いつの間にか元の口調に戻っている杉並の一言で、義之は覚悟を決めた。
無論、杉並の一言など関係なく、義之に拒否権というものは存在しないのだが。
義之は、覚悟を決めて、『その』セリフを口にする。
「お、音姫お姉ちゃん、大好き。ず、ずっと一緒にいてね」
「!?」
絶句と驚愕。
その場にいた杉並以外の全員が、その予想外すぎる破壊力に撃沈した。
「お、弟くん! い、今すぐお姉ちゃんと結婚しよう!?」
「お、お姉ちゃん、落ち着いて! って、私も落ち着けてないんですけど!」
音姫と由夢が、そのあまりの破壊力に、普段の二人からは考えられないほど動揺しまくっていた。
普段の義之とのギャップが、余計に二人を動揺させているのだと考えられた。
「よ、義之……かわいすぎるよ〜!」
「うわ〜! このまま義之くんを持って帰りたいよぉ」
「ショタっ子属性はないけど、これは凄い破壊力ね」
「あの義之くんがこんなセリフを言うなんてねぇ」
「美夏はか、かわいいなどとはこれっぽっちも思っていないからな!」
「ぐっは〜! そういう趣味はねぇけど、これはヤベェって!」
「ふむ。これはその筋の人間にはたまらんだろうな」
音姫と由夢ほどとはいかないが、杉並以外の面々も、かなり動揺しているように見えた。
それほど、子供Ver.義之が発したこのセリフは破壊力が高かった。
全国のショタ好き人間を卒倒させてしまえるであろうほどに。
「わ、私も思いつきました!」
そんな動揺から立ち直りきれていない由夢が、興奮しながらそう宣言した。
それを聞いた杉並が、唯一冷静な態度で司会進行を進めていく。
「ほう。それでは、朝倉妹にも命令を言ってもらおうではないか」
冷静に場を進めていく杉並とは正反対に、義之の心中は穏やかではなかった。
当然だろう。
あの音姫から、想像を絶するお願いが繰り出されたのだ。
由夢から一体どんなお願いが飛び出すかを想像すれば、そうなってしまうのも無理はないだろう。
「お、おい、由夢。まさか……」
義之のなかで、言葉に出来ない嫌な予感が駆けめぐる。
出来れば現実のものにはなって欲しくない。
そう考える義之の思考もむなしく、数秒後、その予感は現実のものとなる。
「に、兄さん!」
「は、はい!」
突然名前を呼ばれて驚きながら、義之が由夢に返事を返す。
数秒の沈黙が場を支配する。
やがて、意を決した由夢から義之へ、肝心のお願いが伝えられる。
「わ、私に……『……』って言ってください!」
「おお〜!!」
再び、場に想像を絶する衝撃が走った。
義之の予想通り、由夢のお願いも音姫同様、かなり衝撃的なものが飛び出した。
「おい、マジで言わなきゃダメか?」
「無論だ。敗者に拒否権はない」
さりげなく拒否しようとする義之だったが、杉並によって一蹴されてしまった。
残念ながら、敗者に人権というものは存在しないのだ。
「く……わ、分かった。言ってやる、言ってやるさ!」
再び覚悟を決め、由夢のお願いしたセリフを口にしようとする義之。
数秒間をおき、自分の精神をお願い用のものに変換する。
「ゆ、由夢お姉ちゃん、愛してる。ず、ずっと僕をかわいがってね?」
「!?」
再度の絶句と驚愕。
再び、杉並以外の全員が、その予想外すぎる破壊力に撃沈した。
「きゃぁぁぁ!! お、弟くん! お姉ちゃんが一生かわいがってあげるからね〜〜!!」
「お、お姉ちゃん、お、落ち、落ち着いて……って私が落ち着かなきゃ!」
義之による二連続の最強コンボに、音姫と由夢の思考回路は完全に暴走していた。
『義之+子供+萌え台詞』のコンボは、音姫と由夢から冷静さを取り除くには十分すぎる威力を持っていた。
「弟く〜ん!! お姉ちゃんの胸に飛び込んできて〜〜!!」
「兄さん!! 私、兄さんを幸せにしてみせます!!」
もはや、暴走した二人を止めることは誰にも不可能だと考えられた。
しばしの間、音姫と由夢の暴走を受け止めることになった義之は、 断っておけば良かったかなという無駄な後悔に駆られていた。
だが、いくら後悔してもすでに後の祭り。
暴走状態の二人を抑えることは、もはや義之自身にも不可能となっていた。
そんな三人の状況を、友人達が微笑ましい笑顔で見守っていた。


「ふぅ……偉い目にあった」
しばらく暴走していた音姫と由夢をなんとか落ち着かせた義之。
しかし、暴走状態の二人を落ち着かせるのは相当大変な作業であった。
義之は、改めてこの二人の恐ろしさというものを実感することになった。
「ご、ごめんね、弟くん。弟くんがあんまりにもかわいかったから……」
「私も、取り乱してごめんなさい、兄さん」
二人とも、暴走しすぎた自分の行動を反省していた。
もちろん、全ては負けた義之が悪かったのだが、素直な二人は潔く謝ることにしたようだ。
「いや、負けちまった俺が悪いんだからさ。気にしないでくれ」
実際、ルールだったのだから、音姫と由夢が謝る必要は全くなかった。
それでも謝らないと気が済まないと考える辺り、二人の素直さがよく表れていた。
「うん。ありがとう、弟くん」
「ありがとうございます、兄さん」
律儀にお礼を言う二人を見ていたら、先ほどの騒動など忘れてしまえるような気がした。
二人の笑顔には、見ている者を癒す効果があるのかもしれない。
そうしてようやく、スイカ割りから始まった一連の騒動はいったん終了した。
「さて、それじゃちょっと休憩するか?」
「賛成〜」
全員、ビーチバレーにスイカ割りと連続して騒いだおかげで疲れたのだろう。
ここでいったん、次の遊びに向けて休憩することに決まった。


「大分時間が経ってきたな」
ビーチバレーとスイカ割りも終わり、一同が各々の方法で休憩している頃。
一行が海に来てから、大分時間が経過していた。
友人達は全員別のところに行っていたので、 現在この場にいるのは、義之・音姫・由夢の三人だけとなっていた。
「本当、楽しい時間はあっという間だよね」
「ええ。この間の遊園地も楽しかったですけど、 皆さんとこうやって騒いだりするのも凄く楽しいですね」
音姫と由夢は、最近義之と行った遊園地のことを思い出しながら、素直な感想を口にした。
家族での交流も楽しかったが、友人達との馬鹿騒ぎも楽しいものだなと改めて実感していた。
「そうだなぁ。やっぱりアイツらと騒いでると楽しいな」
義之も、音姫と由夢の意見に同意した。
実際、ここまで心の底から楽しいと思える時間が過ごせたのは、愉快な友人達のおかげだろう。
「しかし、アイツら随分遅いな。一体どこまで行ったんだ?」
ふいに義之が、なかなか戻ってこない友人達を不思議に思いそう口にした。
杉並や渉がいるから心配はないとは思ったが、 いなくなってから結構な時間が経っているため、さすがに心配になったのかもしれない。
「心配しなくても、そろそろ戻ってくるんじゃないかな?」
「そうですよ。杉並先輩や板橋先輩もついているんですから、きっと大丈夫ですよ」
「ま、それもそうか。アイツらに限って、なにかあるなんてことはないだろうし」
実際、悪魔達の集団ともいえる個性的な面々が集まっているのだ。
なにか事件に巻き込まれるなどという心配をすることもないだろう。
「たっだいま〜! 義之くん」
「帰ったわよ、義之」
「音姫先輩、由夢ちゃん、ただいま」
「三人とも、お待たせぇ」
噂をすればなんとやら。
義之達が友人達の噂をしていると、全員、何事もなかったかのように戻ってきた。
「遅いぞ、お前ら。一体なにしてたんだよ?」
友人達がいなくなってから戻ってくるまで、およそ30分ほどが経過していた。
心配こそしないものの、なにをしていたのかは気になるというものだろう。
「ごめんね、義之。みんなで花火を買いに行ってたんだよ」
「時間はかかっちゃったけど、色んな種類の花火を買ってきたよ〜」
「色々あるからな、楽しみにしてろよ!」
そう、彼らは、このあとするであろう花火を、近くの店まで買いに行っていたのだ。
彼らの手に持たれた袋の中からは、様々な花火らしきものが見え隠れしていた。
「ふふ、音姫先輩と由夢ちゃんとは交流を深められたかしら?」
「せっかく三人にしてあげたんだから、進展はあったんでしょうね?」
杏と茜が、周りに聞こえないように、小声で義之に話しかける。
その表情からは、心底楽しみにしていたという感情がうかがえた。
「な!? 音姉と由夢は姉と妹みたいなもんで、お前らが想像するようなことはなにも!」
「またまた……そんなこと言って、 本心は今にも押し倒してしまいそうなほど性欲がみなぎっているんでしょう?」
「うわぁ! 義之くんってばエッチ〜!」
「ば、バカ! そんなわけあるか!!」
杏と茜のエロトークに、義之は思わず大声をあげてしまった。
義之の声に驚いた音姫と由夢が、なにごとかと義之の方を見る。
「ど、どうしたの? 弟くん」
「またなにか悪巧みですか? 兄さん」
素直に驚く音姫と、なにか企んでいるのかと疑う由夢。
二人の反応はいつも通りのもので、幸いにも怪しんでいる様子は全くなかった。
「い、いや、なんでもないんだ! は、ははは!」
「……? うん、なんでもないならいいんだけど」
「別に取り乱すことはないですよ。 妹の私には、兄さんがなにを企んでいようが関係ありませんから」
義之が取り乱す理由を二人が追求してこなかったのは義之にとってはありがたかった。
しかし、悪戯好きな茜と杏の二人にとっては、あまり面白い展開ではなかったようだ。
「義之ってば、恥ずかしがり屋さんね」
「もっと自分に素直になってもいいのよぉ?」
「お前らな〜!」
相変わらずの杏と茜のセクハラに、義之は翻弄されていた。
だが、それを楽しいと思っている自分がいるのも事実に違いなかった。
「ふふ、やっぱりからかうなら小恋か義之ね」
「うんうん、小恋ちゃんと義之くんは、からかいがいがあるからねぇ」
茜と杏が、二人にしか聞こえない声でそう口にした。
少し離れたところでは、義之・音姫・由夢の三人が、微笑ましい会話を繰り広げていた。
そんな様子を見て、友人達は、三人の関係を心の中で応援するのだった。


第12話へ続く



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