小さくなった義之
第10話 海 その3



「スイカの準備、終わったぞ〜」
義之が、誰かが持ってきていたスイカを砂浜に敷かれたシートの上に置いた。
意外と大きいそのスイカは、シートの上でかなりの存在感を放っていた。
「お疲れ様、弟くん」
「ありがと、音姉。さて、そんじゃルールの確認をしとくぞ」
スイカの設置を完了した義之が、今回のスイカ割りのルールを確認する。
「クジでペアになった二人で協力してスイカを割る。 他のペアが挑戦している間、他の連中は妨害でもなんでもありだ」
ただのスイカ割りでは面白くないという意見で、周りの妨害行為もありということになった。
義之や渉のような騒がしいことが好きな面々にとっては、 このルールはなかなかに面白いものとして移っているようだ。
しかし、今回のスイカ割りでの最も重要なルールは次にある。
「そして、一番最初にスイカを割ったチームのペアは、 それぞれ好きな奴に好きな罰ゲームを命令することができる!」
そう、これがこのスイカ割りの一番の醍醐味になっている。
挑戦する順番はクジで決まり、スイカが割れた時点でスイカ割りは終了となる。
すなわち、挑戦の順番が早いほど、一番にスイカを割れる可能性が高くなるのだ。
まさに、運も実力のうちというわけだ。
「なにか質問はあるか?」
それほど難しいルールというわけではなかったので、特に質問という質問はなかった。
質問がないのを確認すると、義之が、近くに置いてあった小さな箱を取り出した。
「よし、それじゃ、ペアを決めるクジを引いてくれ」
義之の言葉を合図に、全員が、義之が取り出した箱に入ったクジ棒を引いた。
各々が、それぞれ番号の書かれたクジを引き当てていく。
結果、義之と小恋、音姫と由夢、渉と茜、杏とななか、というペアになった。
ビーチバレーと同様に、美夏と杉並は参加しようとはしなかった。
美夏はともかくとして、杉並が参加しない理由は、相変わらず義之達には理解出来なかった。
もっとも、杉並という男の行動をいちいち考えることほど無駄なこともないだろう。
「俺は小恋とペアか」
「頑張ろうね、義之!」
お互いに気心が知れた二人のペアは、ある意味最良のペアかもしれなかった。
真面目な小恋と不真面目な義之という組み合わせは、お互いの苦手なところをカバー出来そうな気がした。
「頑張ろうね、由夢ちゃん」
「はい。目指すは優勝です」
義之とペアになれなかった二人だったが、 罰ゲームの相手に義之を選べる状況になったのはある意味良かったのかもしれない。
そんな思惑があってかは定かではなかったが、 音姫と由夢の二人も、かなりやる気になっているように感じられた。
「俺は花咲とか! 絶対優勝してやるぜ!」
「渉くんがペアかぁ……これは優勝は無理かなぁ」
悲しいかな、渉の信用はほぼゼロに近かった。
何事も、普段の行いというのは重要なのだ。
「ふふ、優勝したら、義之にとっても凄いことを命令してあげるわね」
「楽しみにしててねぇ、義之くん」
ある意味、この二人の小悪魔コンビが一番の強敵かもしれなかった。
悪魔の頭脳を持つ杏と悪戯大好きなななかという組み合わせは、 条件次第では、一が十や百にもなりそうな予感を感じさせた。
「よし、そんじゃ次は順番を決めるぞ」
続いて、新たなクジを補充した小箱から、全員が順番を決めるクジを引いた。
各々何番の札を引くかと思案しながらクジを引いていく。
その結果、義之ペア、音姫ペア、杏ペア、渉ペアの順で挑戦することに決まった。
「俺達が一番目か」
「うわ〜、緊張するよ〜」
一番目が一番有利とはいえ、最初に挑戦するのはなかなかにプレッシャーになるようだ。
実際、他の挑戦者のやり方を見て自分達のやり方を考えるということが出来ないのは、 一番手の不利な要素だと言えるだろう。
それでも、一番最初にスイカを割ることが出来るチャンスがあることも確かではあった。
「弟くん達の次かぁ。弟くん、頑張らないでねぇ」
「兄さん、妹の期待に応えてくださいね」
音姫と由夢が、無意識に義之に無言のプレッシャーをかけた。
しかし、今回ばかりは、二人の期待に応えるわけにはいかなかった。
真剣勝負に、情や情けは必要ないのだ。
「ふふ、前の二組が外したら、勝ちはいただきね」
「全力でいくよ〜」
この二人まで回してしまったら、優勝は決まったも同然かもしれない。
そういう意味でも、是が非でも外すわけにはいかなかった。
「うわ、俺達が最後かよ! だが、順番なんて関係ないぜ!」
「やっぱり渉くんと組んだ時点で負けは決まってたのかなぁ」
悲しいかな、渉の信用はほぼゼロに近かった。
何事も、普段の行いは重要なのだ。
「おし、そんじゃ始めるか!」
「お〜!」
順番とペアが決まり、八人四組のペアによる真剣勝負が始まる。
目標は優勝あるのみ。
全員がそう決意し、戦いの舞台に上がっていくのだった。


「義之、頑張ってね!」
「おう、任せとけ!」
一番手、義之・小恋ペア。
作戦会議ののち、義之が割り手に回り、小恋がアドバイス役に回ることにした。
「それじゃ義之くん、目隠しをしてねぇ」
義之は、ななかからハチマキのようなものを受け取り目隠しをする。
視界は閉ざされ、暗闇の世界が義之を支配する。
「そ〜れ! 義之くん、回って〜!」
ななかの言葉通り、義之が、目隠しをしたままその場で数回回転する。
数回回転した義之の方向感覚は、自分の意志とは無関係に完全に麻痺していた。
「うお! どっちを向いてるのかわかんねぇ!」
ここから、真剣スイカ割り勝負第一回戦が開始される。
まず義之は、スイカがどちらにあるのかを小恋に質問する。
「おい、小恋! スイカはどっちにある!?」
「左だよ〜! 義之くん!」
小恋にアドバイスを求めた義之だったが、小恋が答える前にななかが邪魔をする。
そう、ここからが、なんでもありなスイカ割り勝負の本当の始まりなのだ。
「左だな! よし!」
「違うよ、義之〜! そっちじゃないよ〜!」
全く見当違いの方向に進む義之を、小恋が冷静にフォローする。
しかし、聴覚だけで進む義之は、小恋の言葉だけでは方向を掴むことができない。
「なに? じゃあどっちだよ!?」
「弟くん、そっちであってるよ〜」
「そうですよ、兄さん。そのまま真っ直ぐいけばOKです」
「おい! どっちなんだよ!?」
「だから! そっちじゃないってば〜!」
早速、妨害ありルールの真価が発揮されていた。
パートナーの小恋の発言だけを聞いていれば問題ないのだろうが、 他のペアの妨害発言が混じってしまうと、 目隠しをされている義之には誰の発言なのかわからなくなってしまう。
「これがこのゲームの恐ろしさか! 小恋、俺はどっちにいけばいい!?」
周りの妨害で混乱している義之は、完全に方向感覚を見失っていた。
苦し紛れに小恋に助言を求めるが、全くの逆効果にしかならなかった。
「そこから180度反転するのよ、義之」
「違うよ〜! もっと右だよ〜、義之くん!」
「違うよ! スイカは反対方向だよ、義之!」
「そっちじゃないぞ! 義之!」
「うお〜! 俺はどっちに行けばいいんだ!」
四方から様々な妨害が飛んでくる状況で、小恋の声だけを聞き取るのは至難の業に思えた。
混乱する義之だったが、なんとか集中して小恋の声を聞き取ろうと努力する。
「弟くん、もっと遠くだよ〜」
「兄さん、そっちじゃないですよ」
「義之く〜ん! そこから少し右だよ〜」
「義之! 違うよ、もう少し左だよ!」
集中して小恋の声を聞き分けようとする義之。
最初のうちは、妨害の声がうるさくて小恋の声だけを聞くことは出来なかった。
しかし、本当に集中して聞いていると、小恋の声だけが聞こえてくるような気がした。
「よっしゃ! 見えたぞ!」
なにかを感じとったのか、義之がある方向に向かって歩いていく。
暗闇の中歩く義之の足取りに、少しずつ迷いがなくなっていく。
「弟くん、そっちじゃないよ〜」
「兄さん、もっと右ですよ」
「そっちにはスイカはないわよ、義之」
「違うよ、義之! そっちであってるよ!」
「違う違う、そっちにスイカはないよぉ、義之く〜ん」
相変わらず妨害は激しかったが、大分慣れてきたのか、 義之は小恋の声だけを冷静に聞き分けられているように見えた。
徐々に、義之とスイカの距離が近くなっていく。
「小恋! スイカはどこだ!?」
スイカに近づいているのは感じていたが、確実にどこにあるかはまだ分かっていなかった。
最後の確認の意味も込めて、義之が小恋に問いかける。
「そこにあるぞ、義之!」
「違う違う! もっと先だよ〜、義之くん!」
「もう少しだけ前だよ、義之!」
「もう少し右だよ、弟くん」
「や、もっと左ですよ、兄さん」
自分の耳と感覚を信じて、義之がさらにスイカに近づいていく。
徐々に徐々に、その距離は短くなる。
そうしてゆっくりと歩き続けた義之は、ここだと感じたところで、丸棒を静かに振り下ろした。
「おりゃあ!! ここだぁ!!」
「おお〜!?」
刹那、全員の歓声が辺りに響き渡る。
義之が振り下ろした丸棒は、スイカの約40cm程手前に振り下ろされただけで、 スイカを割るにはいたらなかった。
勢いよく丸棒を振り下ろしたのち、義之は邪魔な目隠しを外す。
「うお! 惜しかったなぁ!」
本当に惜しかった。
あと少し前に進んでいれば、スイカは見事割れていただろう。
実際、見ていた観客達は、これは当たったかもしれないとヒヤヒヤしながら義之の様子を見守っていた。
「惜しかったね、義之」
「マジで当たるんじゃないかとヒヤヒヤしたぜ!」
「もうちょっとで当たっちゃうところだったねぇ」
「頑張ったねぇ、弟くん」
「兄さんにしては頑張りましたね」
「ここで当てておけば良かったと後悔するわよ」
「当たっちゃうかと思ってドキドキしちゃったぁ」
各々が、それぞれの言い方で義之の健闘をたたえていた。
スイカを割ることはできなかったが、誰が見ても、義之は大健闘したと言えるだろう。
「次は音姉と由夢の番か。精一杯邪魔してやるから覚悟しとけよ!」
「ええ〜? あまりお姉ちゃんをイジメちゃ嫌だよ?」
「兄さん。妹相手にそんな大人げないことはしませんよね?」
音姫と由夢によるプレッシャーに気後れしそうな義之であったが、そこはそれ。
勝負事に情けを持ち込むわけにはいかないのだ。
とはいえ、義之が大人しくしていたところで、結局は他の参加者達が邪魔をすることは間違いないだろう。
「はは、頑張れよ。音姉、由夢」
「うん。絶対当てちゃうからね」
「ええ。当てられなかったことを後悔させてあげますよ」
再びやる気を出した二人からは、絶対勝つぞオーラが出ているような気がした。
そして、義之とのそんなやりとりが終わると、音姫と由夢のペアは、 義之達同様にスイカを割るための準備を始める。
その目からは、絶対にスイカを割って優勝しようという決意が感じられた。
ここに、再び本気になった音姫と由夢の戦いが始まるのだった。


「頑張ろうね、由夢ちゃん」
「ええ。兄さんに目にものを見せてあげましょうね」
二人で気合いを入れながら、音姫が目にハチマキのようなものを巻いた。
音姫・由夢ペアは、音姫が割り役をし、由夢がアドバイス役に回ることに決定した。
「そ〜れ! 音姫先輩、回ってくださ〜い!」
義之のときと同様に、ななかが、目隠しをした音姫を回転させる。
数回回転した音姫の方向感覚は、義之のときと同様に完全に麻痺していた。
「うわ〜! どっちを向いてるのか全然わからないよ〜」
目隠しをされて数回転することで、音姫は完全に方向感覚を見失っていた。
そんな音姫の様子などお構いなしに、妨害ありのスイカ割り第二ラウンドが開始された。
「お姉ちゃん、もう少し右です」
「いやいや、音姉、そこから真っ直ぐだぞ」
「音姫先輩! もっと左ですよ〜!」
「ええ〜? どっちに行けばいいの〜?」
義之が苦戦した妨害攻撃が音姫にも襲いかかる。
少しずつ歩きはするものの、様々な方向からくる妨害に、 スイカがどこにあるのかは全く分からなくなっていた。
「音姫先輩! そっちじゃないですよ!」
「違いますよ、そっちであってますよ〜!」
「いや、音姉、もっと右だぞ」
「違います、お姉ちゃん、もう少し左ですよ」
「もう、スイカは一体どこにあるのよ〜」
周りからの妨害のせいで、音姫は完全に混乱していた。
義之と同様に、由夢の声だけを聞き取ることはかなりの困難を極めた。
「そこから真っ直ぐですよ、音姫先輩」
「違う違う、もっと右ですよ〜!」
「違いますよ、もう少し左です、お姉ちゃん」
「違うぞ、スイカは真っ直ぐだぞ、音姉」
様々な妨害が、視界の閉ざされた音姫の邪魔をする。
その中で、音姫は必死に由夢の声だけを聞き取ろうと努力していた。
「由夢ちゃん! スイカはどっちにある?」
妨害が飛び交うなか、音姫が由夢に問いかける。
だが、当然のことながら、由夢の言葉と一緒に他の参加者達の妨害も入ってくる。
「もう少し左ですよ、お姉ちゃん!」
「違いますよ、そこから真っ直ぐですよ、音姫先輩!」
「違うって、もっと右だよ、音姉」
「スイカは右ですよ、音姫先輩」
様々な方向から飛び交う妨害のなかで、音姫は精神を集中させようと努力する。
少しずつ、少しずつ、由夢の声以外をシャットダウンしていく。
そして、絶対に勝つと集中した音姫の集中力は、極限レベルにまで高まっていく。
音姫の弱点の一つに、混乱すると集中力が乱れてしまうということがあった。
だが、一度冷静さを取り戻した音姫からは、そんな弱点は微塵も感じられなかった。
「うん。ありがとう、由夢ちゃん」
もはや、今の音姫に精神的な弱点はなかった。
極限まで集中し、その持ち前の冷静さで、由夢の声だけを聞き分けていた。
「お姉ちゃん、そこから真っ直ぐですよ!」
「いや、もっと左だぞ、音姉」
「違いますよ、もっと右ですよ、音姫先輩」
「そっちにはスイカはないですよ〜、音姫先輩!」
相変わらず妨害は激しかったが、音姫は妨害などものともせずに、 真っ直ぐにスイカの方へと向かっていく。
少しずつゆっくりと、スイカの方へと足を進めていく。
頼りになる由夢の声を聞き分け、確実にスイカのある場所へと向かっていく。
そうして、ついに音姫は、目的のスイカの目の前まで辿り着く。
「ここだね! え〜い!」
「おお〜!!」
音姫が勢いよく振り下ろした丸棒は、地面のスイカへとダイレクトに命中した。
勢いよくスイカを割った音姫の勇姿に、観客達から賞賛の拍手が巻き起こる。
「やりましたね、お姉ちゃん!」
「うん。やったよ、由夢ちゃん!」
見事スイカを割った音姫と由夢が、お互いをたたえあい喜び合った。
周りのメンバー達も、見事に勝利した二人の功労をねぎらっていた。
「まさか当てちまうとはなぁ」
「うん、やられた〜って感じだねぇ」
「さすが音姫先輩と由夢ちゃん。やるときはやるのね」
「俺は音姫先輩と由夢ちゃんならやると信じてたぜ!」
「もう、渉くん! 敵を信じてどうするのよぉ」
「あはは、でもまさか当てちゃうとは思わなかったな〜」
音姫と由夢は、ともにやるときはやるタイプではあったが、 まさか一度で当ててしまうとは、本人達すらも驚いているように感じられた。
もしかしたら、直前の義之達の挑戦を見て、何かしらのコツのようなものを掴んでいたのかもしれない。
何にせよ、二人が勝者になったことは紛れもない事実に他ならなかった。
「うん。私も本当に当てられるとは思わなかったよ」
「私は、お姉ちゃんならやってくれると信じてましたよ」
実際のところ、由夢は、音姫ならきっと当ててくれると信じていたに違いない。
そして、音姫もその思いに応えた。
二人の強い信頼関係があったからこそ、見事勝利を収めることが出来たのだろう。
「はは。とにかく、おめでとう、音姉、由夢」
「ありがと、弟くん」
「ありがとうございます、兄さん」
最後に義之が、頑張った二人にねぎらいの言葉をかける。
音姫と由夢も、素直にその賞賛の言葉を受け入れた。
「さて、それでは勝利した朝倉姉妹には、好きな者になんでも好きな命令をしてもらおうか」
また突然現れた杉並が、負けた者達にとっては思い出したくなかったことを思い出させてくれた。
このスイカ割りのもっとも面白いメインイベントの存在を。
「うげ、忘れてた」
「そういえば、そんなルールがあったんだったよ〜」
「音姫先輩! 由夢ちゃん! ぜひ俺にエロイ命令をしてください!」
「もう、渉くん! 純粋な二人にそんなことを頼んじゃダメでしょぉ!」
「残念ながら、二人が誰に命令するのかは、すでに分かりきっているわね」
「うんうん、間違いなくあの人だよねぇ」
渉のエロ発言はともかく、義之以外のメンバーは、 音姫と由夢が誰に命令するかはすでに分かっているように感じられた。
もっとも、普段の二人の行動や言動を考えれば、自ずと答えは出ているようなものだろう。
その事実に気付いていないのは、命令を受ける当事者ぐらいのものだ。
「ええと、ちょっと考えさせてね」
「私も、少し考えてみます」
誰に命令するかはともかく、命令の内容は、さすがにすぐには思いつかないらしかった。
他のメンバー達もそれを理解しているのか、音姫と由夢が命令を考えつくまで待つことにした。
「ふむ。では思いついたら、好きなタイミングで言うといい」
「うん。ちょっと待ってね、みんな」
「少しだけ待ってくださいね、皆さん」
音姫と由夢は、誰になにをお願いするかを、少しだけ真剣な顔つきで思考する。
もっとも、「誰に」の部分はすでに決まっているに違いない。
「なにを」の部分を、苦手ながらも試行錯誤しながら一生懸命考えるのだった。


第11話へ続く



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