植物人間
第8話 銀色の髪の少年



「千影さん。何があったのかは知りませんが、あまり深く考えすぎない方がいいですよ?」
「……少し……放っておいてくれないか……?」
いつもの千影からは想像することもできないほどに冷たく、突き放すような言い方をする千影。
「ですが」
「放っておいてくれと……言ったはずだよ……!」
例え現実世界で何が起ころうと、決して、取り乱したり動揺したりしたことなど無かった千影が、激しく取り乱し、殺気に満ちた表情で輝鏡を睨みつけている。
それほど千影の精神は疲れきっており、同時に、この世界がいかに辛いところであるかを実感させられてしまう。
「……大変なのは分かります。ここに初めて来た人間は、必ず一度はそうなってしまいますから。いわばこれは、誰もが一度は体験する、試練のようなものなのです」
普通の人間なら、先程の千影の殺気に満ちた表情を見たら、声を出すことさえ出来なくなってしまう。
しかし輝鏡は、それに全く怯むことなく、話し続けていく。
「しかし、今までにここに来た人の中で、2人だけ、そうならなかった人がいました」
輝鏡はそれを平然と言ってのけたが、それは尋常なことではない。
これでも千影は、例え自分の身に命の危険が迫っていようが、ほとんど動じないほどの精神力の持ち主である。
その千影ですら耐えられなかった闇に耐えたということからも、その2人の精神力が尋常ではないこと、この世界の闇に打ち勝つことがどれほど難しいことであるかを知ることができる。
「2人……?」
このまま輝鏡を無視し続けようと思っていた千影だったが、さすがの千影でも、自分の中の好奇心に打ち勝つことは出来なかった。
「ええ。もっとも、そのうちの1人は……シャドウによって消されてしまいましたが」
「……もう1人は……どうなったんだい……?」
「残念ですが、もう1人は、生死共に不明です。ひょっとしたら、今もこの世界のどこかで生きているかもしれませんし、もうすでに消滅してしまっているかもしれません。もし、彼さえ生きていれば、シャドウを倒すことが出来たかもしれないのですが……」
「確かに、それほど強靭な精神力を持った者がいれば……心強いだろうけど、その彼というのは……シャドウを倒せるほどに、強いのかい……?」
「さすがに、1人でシャドウを倒せるほどでは無かったですが、少なくとも、私と千影さんよりは、圧倒的に……」
自分よりも強い者が人間の中にいたことに対しての驚きと、自分の弱さを同時に認識させられた千影は、これ以上、何も話すことが出来なかった。





「……だそうだ。どういう心境だ? 銀海 璃怨」
暗闇の中、この世界の創造主であるシャドウが、銀色の髪をした少年、銀海 璃怨に語りかける。
「……どうもしない。あの程度の連中に言われても、何もうれしくはない」
全く感情の変化を見せずにそう言う璃怨。
「ククク、それはすまなかったな、璃怨」
言葉とは裏腹に、楽しむように会話をするシャドウ。
「それで、わざわざそれを私に言った理由はなんだ?」
すでに慣れているらしく、璃怨は、シャドウの態度など全く気にせずにシャドウに問い掛ける。
「お前に、奴等を消滅させてもらいたくてな」
「なぜ私なのだ? 貴様自身が行ったほうが、確実ではないのか?」
「そうしたいのは山々なのだが、奴等がいる家の中には、この俺だけが入れない結界のような物が貼ってあるのでな」
「……断る、と言ったら?」
「そのときは……奴等の代わりに、貴様に消滅してもらうことになる」
シャドウだったら、なんのためらいもなくそうするだろう。
璃怨自身がそれをよく知っているため、断ることは出来なかった。
「……いいだろう。私が奴等を消滅させてやる。ただし、行く前に1つだけ答えろ」
「なんだ?」
「なぜ、今ごろそんなことを言い出した? それをするチャンスなら、今までにいくらでもあったはずだろう?」
「現実に逃げ出した小僧とこの世界にいる小娘の移し身が、現実世界でこの俺について調べている。だから、念には念をうって、早いうちに小娘を消滅させておく。まあ、現実世界に、この俺に関する文献や書物などは存在しないのだがな」
以前にも何度も言ったとうり、もう1人の千影と暗黒の迷宮の千影は、どちらかが消滅してしまえば、もう片方の千影も消滅してしまう。
そして、暗黒の迷宮への行き方を知っているのも、暗黒の迷宮と現実世界の両方の様子が分かるのも千影だけ。
そのため、もしこのまま、千影が璃怨によって消滅させられてしまえば、反動的に現実世界のもう1人の千影も消滅してしまい、誰もシャドウを止めることは出来なくなってしまうだろう。
「……」
シャドウの返答を聞いた璃怨は、無言でその場から姿を消した。
「クククッ……例え璃怨が奴等を殺せなくても、あの家さえ壊してくれれば、後はこの俺が……ククククッ」
……悪魔。今のシャドウは、まさしくそれだった。

続く



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