植物人間
第7話 告白


「ただいま」
図書館を出てから約1時間。蛍と千影は、ようやく家に着いた所だった。
襲いくる睡魔と必死に戦っていた咲耶は、2人の声を聞き、あわてて玄関に向かって走っていく。
「お兄様! 千影ちゃん!」
真夜中のため、大声こそ出せないものの、力強く蛍と千影の名を呼ぶ咲耶。
「咲耶……? こんな時間まで起きてたのか……?」
疲れているのか、眠いだけなのかは分からないが、蛍は咲耶がこんな時間まで起きていることに、あまり驚かなかった。
いや、どちらかといえば、驚けなかったと言ったほうが正しいだろう。
しかし、蛍にとっては、咲耶がこんな時間まで起きていたことへの驚きよりも、 自分達のために、こんなに遅くまで待っていてくれた、咲耶の優しさへの喜びの方が大きかったのも事実だった。
「2人が……心配だったから」
今にも閉じてしまいそうなほど虚ろな目でそう言う咲耶。
夜中の4時まで起きていたのだから、無理もないことである。
「心配かけてごめん。でも、うれしかった。ありがとう、咲耶」
「いいのよ。今度、私の買い物に付き合ってさえくれれば」
さすが咲耶といったところだろうか。
こういう状況でも、そういうことに対しては抜け目が無い。
「はは、分かったよ」
その声に元気が無いのは、おそらく、ただ眠いだけではないだろう。
「2人とも、私のことを……忘れていないかい?」
中々会話に混じることが出来ず、2人の後ろで立ち尽くしていた千影が、不意に言葉を発する。
「そんなことないよ」
「そんなことないわよ」
2人の声が見事に重なる。
「それなら……いいんだが。2人とも、明日は学校なのに……そろそろ寝なくても……いいのかい?」
そう、千影は学校に行っていないため、いくら夜更かしをしようが全く問題はないが、 咲耶と蛍の2人(と10人の妹)は、明日からいつものように学校に行かなければならない。
「あ……そう言えば、すっかり忘れてた」
長い間眠っていたために、学校のことをすっかり忘れていた蛍。
「それじゃあ、そろそろ寝ましょうか? お兄様?」
「そうだな。それじゃあ」
「おやすみ、千影」
「おやすみなさい、千影ちゃん」
また、2人の声が重なるが、当の2人はそんなことは全く気にせず、部屋に戻っていった。
「わざと……やっているのかい? 2人とも……?」
1人取り残された千影は、どこかさびしそうだった。



目覚めてから蛍は、休みの日は千影と一緒に図書館でシャドウについて調べ、平日は学校に行く……という生活を続けていた。
そんな生活が1ヶ月目に突入したとある休日。
その日も、蛍と千影は、図書館でシャドウについて調べていた。


「なあ、千影?」
いつものように、蛍が千影に質問をする。
「なんだい? 兄くん」
相変わらず、会話をしている間も作業の手だけは休めない2人。
「こんなにゆっくりやってて、暗黒の迷宮の千影は大丈夫なのか?」
暗黒の迷宮の中で何が起こっているのか分からない蛍は、少し不安になっていた。
「それなら……たぶん、心配ないよ」
「なんでそう言いきれるんだ?」
「順を追って……説明していくよ」
この後しばらく千影は、暗黒の迷宮の家のこと、結界のこと、輝鏡の過去のことなどを、順を追って蛍に説明した。
前にも千影が言ったように、2人の千影の心は元々1つだった。
2人の千影の性格が全く同じなのも、このためである。
そのため、どちらの世界の出来事も、千影だけは知ることが出来る。
言ってみれば、千影が、全てを握っている『鍵』のような存在といったところだろう。
「なるほど。シャドウが近寄れないのなら、ひとまずは安心ってところか」
「そういうことになるね。さあ、そろそろ作業に……集中しようか」
「そうだな」
会話のなくなった図書館には、本などのページをめくる時に生じる、独特の音だけが響いている。




その頃咲耶は、春歌と鈴凛と鞠絵の3人を居間に集めていた。
「咲耶ちゃん、ワタクシ達に何か御用ですか?」
なぜ呼ばれたか分からず、不思議そうな顔をする春歌。
「何か大事な用なのですか?」
相変わらずマイペースな鞠絵。
「早く次の発明を完成させたいから、できるだけ早く済ませてね」
待っている間も、自分の作っている機械のことばかり考えている鈴凛。
「今日は、3人に聞いてもらいたいことがあるの」
あまりに深刻な表情に、3人とも、息を呑んで咲耶の発言を聞いている。
「実は……お兄様と千影ちゃんのことなんだけど」
咲耶は、3人に、2人の千影のこと、暗黒の迷宮のこと、シャドウのことなどを、自分の知っている限り説明した。
春歌と鞠絵と鈴凛の3人しか呼ばなかったのは、おそらく、この3人なら、きちんと事実を受け止めてくれると思ったからだろう。
「咲耶ちゃん……本気で言っているのですか?」
さすがに、驚きを隠せない様子の春歌。
「ええ。信じられないでしょうけど。現に、私だって、まだ完全に納得したってわけじゃないしね」
「まるで、小説のようなお話ですね」
確かに、どこかの小説に出てきてもおかしくないかもしれない。
それほどまでに非現実的なことのはずなのだが、千影が関わってくると、そんな非現実的なことでも信じる気になってしまう。
「千影ちゃんが関わってくると、そんな非現実的なことでも信用する気になっちゃうのよね」
改めて、千影の不思議さや凄さのようなものを実感する3人。
3人は、しばらくの間、千影について意見を交し合っていた。

後日、春歌と鞠絵と鈴凛の3人の手によって、この事は他の(雛子と亞里亞以外の)妹達にも伝えられた。

                     
続く



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