植物人間
最終話 別れ



倒れていた璃怨の体が、蛍の時と同様に消えていく。
だが、蛍の時とは少し違う消え方だった。
「……璃怨から光が?」
泣き続けて少し落ち着いた千影が、消えゆく璃怨から出ている光に気付いた。
璃怨から出る光は、倒れている輝鏡へと流れていく。
「輝鏡さんに向かっている?」
璃怨の体から出た光が、輝鏡と完全に同化する。
刹那、輝鏡の体が同じように消えていき、その体から光が流れ出る。
その光は、立ちつくす千影に向かって伸びていく。
「……今度は私に?」
ゆっくりと静かに、白い光が千影の体と同化していく。
幻想的なその光景に、千影はしばし言葉を失う。
「力が……満ちてくる?」
しばらくの間、千影は何が起きているのかわからなかった。
だが、白い光が自分の中に入ってくるほど、自分の中の魔力が増していくのがわかった。
少しずつ千影に流れていく光が、やがて全て千影に流れ終わる。
「これは一体……魔力が、満ちあふれている」
幻想的な光景が終わると、千影の中に、今までにないほどの力が溢れてきた。
「あの二人の力……か?」
千影自身、何が起こったのか全くわからなかった。
わかっているのは、輝鏡と璃怨が消えて、なぜか自分の魔力が増大したということだけだった。
「これなら……シャドウとも戦えるかもしれない」
千影がそう言ってしまうほど、千影の魔力は膨大なものになっていた。
「グハハハハ!」
そこへ、大声で笑いながらシャドウが姿を現した。
「シャドウ!」
千影がそれに気づき、シャドウの名を呼ぶ。
「む? 輝鏡と璃怨、それに例の生意気なガキはどうした?」
やって来たシャドウは、輝鏡と璃怨、それに蛍がいないことに気づき千影に問いただす。
「彼らは……消えてしまったよ」
自分の中の憎悪を最大限にして千影はそう言った。
その言葉には、必ずシャドウを倒してやるという決意が含まれていた。
「ほう、消えたか。ならば、後は貴様を殺せば全て終わりというわけだ」
シャドウは、楽な仕事だなとばかりに千影を威嚇する。
「そう簡単に消されはしないよ」
覚悟を秘めた瞳で、千影は言い返した。
事実、千影の魔力は今、過去最大のものになっていた。
「その強がり、果たしていつまで持つかな! くらえ! 漆黒の闇弾!」
「白銀の盾!」
シャドウが放った漆黒の弾を、千影の白い盾が受け止める。
「ほう、今の攻撃を防ぐとは。ただの強がりではないようだな」
攻撃を防がれたシャドウだったが、まだ余裕たっぷりといった様子で千影に語りかける。
「ならばこれはどうだ! 漆黒の息吹!」
「白銀の鎧!」
続いて、シャドウが放った漆黒のブレスを、千影の白き鎧が受け流す。
「フハハハ、なかなかやるではないか」
「ハァ、ハァ」
二度も攻撃を防がれたシャドウだったが、微塵も同様してはいないようだった。
対して千影は、二度に渡る強力な攻撃を防いだせいで、少し息があがってしまっていた。
「どうした? 息があがっておるではないか」
「気にするほどではないよ、ハァ」
必死に強がった千影だったが、すでに魔力の限界は近かった。
いくら魔力が増したとはいえ、恐ろしく魔力を消費する魔術を二度も連続で使ったのだ、当然といえば当然だろう。
「クハハハハ! そろそろ余興も飽きた。次で終わりにしてくれるわ!」
千影は思った。
次の攻撃を耐える力は自分には残っていない、と。
だが、なんとかしてシャドウに勝って蛍のカタキを討ちたい、とも思った。
「さらばだ、弱き少女よ! 漆黒の闇砲!」
刹那、シャドウの両手から、凄まじい勢いで漆黒の光線が飛び出す。
その威力は、前の攻撃とは比べものにならなかった。
「く、これまで……か」
千影が諦めかけたそのとき。
白い光と共に、千影の耳に聞き慣れた優しい声が響いた。
『諦めるなんてらしくないぞ! 千影!』
「……あ、兄くん?」
聞こえてきた声は、間違いなく、消えたはずの蛍のものだった。
『あいつに思い知らせてやれ! 思いの力に勝(まさ)るものはないんだってことを!』
そう言う蛍の声が聞こえたと思った刹那、千影の体をまばゆい光が包みこむ。
「力が……あふれてくる」
「フハハハ、今さら何をしようともう遅いわ!」
我に返った千影の前に、漆黒の光線が迫り来る。
「シャドウ……お前は確かに強かった。だが、私達の思いの力はもっと強かった!」
千影がそう叫ぶと、迫っていた光線は、白き光に代わり増大されてシャドウの元へ向かっていった。
「バ、バカな! あの攻撃を反射しただとおおおお! グワアアアア!」
反射された白き光の光線が、シャドウの体を貫き消し去った。
後には、悠然と立ちつくす千影の姿だけが残った。
「……勝ったよ、兄くん」
その顔は、悲しみと喜びが入り交じった複雑な表情だった。



やがて、主であるシャドウが消えたことで、『暗黒の迷宮』が崩れ去り始めた。
「……体が」
それとほぼ同時に、千影の体が光と共に消えていく。
暗黒の迷宮が崩れ去り、元の世界に戻るのだろう。
「……兄くん」
千影は、いなくなった蛍のことを考えた。
一番愛しき人を失った悲しみを癒せる日は来るのだろうか。
しばらくすると、千影の体は、闇の世界から完全に消えていった。



気がつくと、千影は元の現実世界のベッドに横たわっていた。
「……帰って、来たんだね」
そこでようやく、もう蛍はいないんだということを認識した。
「どうやって、説明しようか」
千影は、他の妹達に、蛍がもう戻ってこないことをどうやって説明しようかと考えていた。
だが、どう説明しても、彼らの悲しみを和らげることはできないだろう。
「……だが、いつかはわかることだ。今日の夜にでも打ち明けよう」
覚悟を決めて全てを妹達に打ち明けよう。
千影はそう決心した。
その夜、千影は、妹達に全てを打ち明けた。
当然、ほとんどの妹達は涙を流して悲しんだ。
だが、千影のせいではないだけに、誰も千影を攻めることはできなかった。
千影を攻めたところで、蛍は帰っては来ないのだ。
その日は、妹達にとって一番悲しい日であり、大切な日にもなった。


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