植物人間
第10話 最期



「今から教える魔術は、最後の手段になるまで使ってはダメだよ」
千影が、今まで見せた中で一番真剣な顔で蛍に語りかける。
「わかった」
蛍も、そんな千影の顔を見て、真剣な顔で答える。
「今から教える魔術は……「命の剣」という、凄く危険な魔術だよ。
その余りの威力と副作用に、今では誰も使う人はいないと言われている」
「そんなに危険なのか?」
千影の言葉に心配を隠せない蛍が質問する。
「余りの威力と副作用」などと言われたら、蛍でなくとも心配になってしまうだろう。
「ああ、だから、どうしてもという場面になるまで絶対に使わないで欲しい」
「努力する」
今度は少し怯えながら答える蛍。
千影は、蛍の返事を最終確認とするように、蛍に魔術の詳しい説明をする。
「使い方は簡単だよ。「剣(つるぎ)よ現れろ」と心で念じれば、強力無比な剣が出現するから、
それを使って攻撃すればいい」
「それだけか?」
少し拍子抜けしたという感じで、蛍が聞き返す。
それを聞いた千影は、さらに説明を追加する。
「そう……それだけだよ。だが、この魔術を使ったものは例外なく、使った後命を奪われることになる」
「い、命を?」
命を失うという千影の説明に、蛍は一瞬言葉を失ってしまう。
千影は、予めその反応を想定していたように言葉を続ける。
「ああ、命が奪われる原理は未だに完全には解明されていない。 おそらく、使う魔力が膨大すぎて、術者の体が耐えられないんだろうと思う」
「そんな危険な魔術を、どうして俺に教えようと思ったんだ?」
今までに、千影が自分から蛍に魔術を教えたことは滅多にない。
そのため、蛍がそう言ったのも当然と言えば当然だろう。
「私は基本的に、人に魔術を教えたりはしない。それは兄くんとはいえ例外ではないよ」
「ごめん、俺にもわかるように言ってくれるかな?」
普段、回りくどい言い方など全くしない千影が、珍しく回りくどい言い方をしている。
蛍は、そんな千影の伝えたいことが理解しきれなかった。
「ああ、すまない。少し回りくどい言い方になってしまったね」
蛍のそんな様子を感じ取ったのか、千影が最も言いたいことを話し出す。
「この魔術は、難しい儀式や道具がいらないことが理由の一つだね。 そして、この魔術を教えようと思った一番の理由。 それは、将来兄くんがどうしても守りたいと思った人が現れたときのためさ」
「どうしても守りたい人、か」
今の蛍が守りたいものといえば、妹達がまず最初に浮かぶ。
それはこの先も変わらないだろう。
「そう、そんな人が危険に面していたときに、兄くんはあまりに無力だ。 だから、私の覚えている中で最も簡単でかつ威力のあるこの魔術を教えようと思ったんだよ」
「なるほど。千影の気持ちはわかったよ」
蛍の中の迷いが、少しずつ消えていく。
千影の思いがしっかりと伝わってきたからだ。
「じゃあ、その魔法を俺に教えてくれるかな?」
「ああ。だが、どうしてもというとき以外は絶対に使わないと約束してくれるね?」
「わかった」
蛍の返事を聞くと、千影は、蛍に「命の剣」の魔術を教えた。



千影は、過去の出来事を思い出していた。
自分が、「命の剣」の魔術を蛍に教えたときの出来事を。
「兄くん……私がこの魔術を教えたばっかりに」
滅多に泣かない千影が、恥もなく涙を流す。
「ち……かげ。泣かな……いで、くれよ」
そんな千影に、虚ろな目をした蛍が話しかける。
「兄くん? 意識があるのかい?」
「ああ。最期に……千影の顔が見られて……良かったよ」
今にも消えていきそうな蛍が、泣いている千影に向かって微笑みかける。
千影は、蛍のそんな仕草を目にし、さらに激しく泣き始めてしまった。
「兄くん……私のせいで、ごめんよ」
「いいんだ……俺は、守りたい人を守れ……たんだから」
泣いている千影と、血だらけで微笑む蛍。
対照的な二人が、静かに言葉を交わしている。
「千影……最期に一言、言わせて……くれ」
「兄くん……最期なんて言わないでくれ」
蛍は、自分の死期が近いことを悟っていた。
泣いている千影に、最期の言葉を投げかける。
「千影、お前は生きて……くれ。俺の分まで」
「嫌だよ……兄くんがいない世界でなんて、生きていけないよ」
「大丈夫……俺は、いつも千影の心の中に……いるから」
蛍の語尾が、徐々に弱くなっていく。
「妹達のこと……頼むな」
「兄くん……兄くん、兄くん」
徐々に弱っていく蛍と対照的に、千影の涙は止まらない。
「そろそろ限界……みたいだ。さよなら、千影」
蛍がそう言うと、蛍の体が光りだし消えていく。
「兄くん! 行かないで!」
千影が大声で叫ぶが、それに関係なく、蛍の体は消えていく。
「ち……かげ。今ま……で、あり……が、と……う」
「兄くん!」
刹那、蛍の体は、光の粒となって完全に消えた。
後には、泣き続ける千影の姿と、血を流し倒れる二人の人間の姿があった。



「璃怨が敗れたか」
暗闇の中、シャドウがつぶやく。
その顔には、怒りとも恨みともわからない感情が含まれていた。
「ククク……クハハハハハ!」
突然、シャドウが大声を上げて笑い出す。
その顔は、悪魔という言葉が相応しいだろう。
「璃怨が敗れた以上、奴らをこれ以上放っておくわけにはいかん。 この私自らが始末をつけてくれるわ!」
そう言うシャドウの周りに、漆黒の闇がまとわりついていく。
元々黒かったシャドウの体は、まとわりついた闇によって、さらにドス黒くなっていた。
「これで最後にしようぞ、輝鏡よ!」
そう叫んだシャドウの体が、暗闇と同化して消えていった。

続く



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