「これがご所望の品だ、桜内」
場所は理科室。
俺の前に立つ杉並が、2リットルよりもさらに大きいであろうペットボトル(中身あり)数本を どこからか取り出し机の上に置いた。
「おう、悪いな、杉並」
そのペットボトルに入った液体は、俺が杉並に頼んで用意してもらったものだ。
「なぁに、我が同志桜内の頼みとあっては断るわけにはいくまいさ」
正直、杉並に頼み事をするのは避けたいところだったが、 俺の計画を達成するためには、どうしても杉並の協力が必要だったのだ。
「悪いな。見返りは後日するからさ」
「期待しているぞ、同志桜内よ」
杉並が一体どんな見返りを期待しているかは怖いから考えないでおくことにする。
「それでは、俺も忙しい身なのでな。これにて失礼するぞ」
「ああ、サンキューな」
俺の感謝の言葉を聞いた杉並は、満足そうにこの場から姿を消した。
文字通り、消えた。
たぶん、俺が知らない抜け道か何かがどこかにあったのだろう。
「さて、それじゃ……俺の計画を実行に移すとしますかね」
俺の計画。
それは、凄く単純かつ分かりやすく。
世の男達の夢だと言っても差し支えないだろう。
そんな計画を、今日俺は実行するのだ。



「あれ、弟くん?」
ん? この声は……。
「お、音姉?」
まさか、このタイミングで音姉が……。
「こんなところで何やってるの? 義之」
こ、小恋まで!
ということはまさか……。
「暗く狭い理科室で一人っきり……何かいけないことをしている予感、ね」
「そ、そうなの? 義之くん」
うげ、杏とななかまで。
「……兄さん、不潔です」
うん、まあ、由夢もいるんだろうね、はい。
「……ソウダ、ボクヨウジガアッタンダッタ」
完璧な片言だ、我ながら動揺しまくってるな。
だが、ここはもはや、例のブツを持って逃げるしか選択肢は残されてはいないだろう。
もしコレの正体がバレようものなら、俺の人生はそこで終わりを迎えるのだから。
「それじゃ、俺はこれで……ぐえっ」
逃げようとした俺の襟首を、音姉の手が容赦なくつかむ。
さながら、逃げようとした囚人を確保する刑務官のようにガッチリと。
「あ、あの、音姫お姉様、わたくしちょっと用事がですね……」
「何を隠してるのかな? 弟くん?」
笑顔。
怖いぐらいの笑顔。
「い、いえ、わたくしちょっと用事が」
「何を隠してるのかな? 弟くん?」
笑顔。
怖すぎるぐらいの笑顔。
「あのですね、わたくしちょっと用事」
「何を隠してるのかな? 弟くん?」
……ダメだ、完全に聞く耳持ちませんモードに突入しちゃってるよ。
こうなった音姉は、納得するまで許してくれないからなぁ。
「えーと、あのですね……」
言い訳を考えろ。
恐怖のお姉様を納得させられるだけの理由を。
「…………」
数秒の沈黙。
音姉を含めた5人が俺の次の発言を待っている。
そんな緊張感のなか、必死に言い訳を考える俺の頭に、 ナイスでエクセレントなアイデアが浮かんできた。
うん、もはや残された手はこれしかない、決定。
「い、いや〜、ちょっと杉並にこのジュースを差し入れされててさ〜」
うん、そうだとも、もう諦めました、はい。
諦めてこの液体をこのお方達に飲ませてしまおう。
そのあとでどうなるかなんてもう知るかってんだ、ははははは!
ダメだ、完全に壊れたな、俺。
「へ〜、美味しそうなジュースだねぇ」
お、信じてくれたっぽいぞ。
結果オーライだな、うん。
「杉並の差し入れというのが気になるけど、特に害はなさそうな色ね」
杏まで信じてくれるとは思わなかったけど、まあ結果オーライだよね。
いや、杏の場合、分かってて芝居してるって可能性も高いけど。
「ジュースって言われたら、なんだかノドが渇いちゃったかなぁ」
ナイスだ、ななか。
どうやって飲ませようか考えていたから助かったぜ。
「そうですね。折角ですから、そのジュースをいただいちゃいましょうか」
素直な子に育ってくれて嬉しいぞ、由夢さんや。
というわけで、俺はさっさと逃走するぜ。
「このジュースならいくらでも飲んでいいからな。それじゃ、またな!」
後ろの方で、
「あ、待ってよ、一緒に飲もうよ、弟く〜ん」
「……逃げたわね」
「やっぱり何かやましいことがあったのかな〜?」
「……兄さん、やっぱり不潔です」
「でも、義之だから仕方ないかな〜」
というセリフが聞こえてきたが、俺には何も聞こえなかった。
そうだ、俺は悪くない。
悪いのは全て杉並なんだ。
……うん、完全に犯罪者の思考だな。
まあ、今回ばかりはそれを否定することもできないわけなんだけど。
とりあえず、音姉、小恋、杏、ななか、由夢、ごめん。
この埋め合わせはいつか必ずするから許してください。



ホレホレ狂想曲




ケース01 音姫の場合

「弟くん、み〜つけた」
「ん?」
後ろから音姉(らしき人)の声。
振り返る俺。
「えいっ」
「……え?」
そして俺の目に飛び込んでくる暗闇。
え? なんで急に暗く?
「うふふふ……弟く〜ん、愛してるよ〜」
え? え? え?
この声は音姉なんだけど、なんで俺の視界は真っ暗なんだ?
「弟く〜ん、大好き〜」
いや、大好きはいいんだけど、いや、厳密にはよくないんだけど、 音姉は一体何をなさっておられるのか?
いや、正直、何をされてるのかなんて、最初に全て理解したんだけどね。
分かってるからこそ疑問が浮かんでくるというかなんというか。
「弟くんはお姉ちゃんのこと好き〜?」
まあ、状況を一言で説明すると、だ。
俺、音姉の胸に挟まれてます。
うん、簡潔で素晴らしいね。
って言っとる場合か。
「……音姉、一体何をしてるのかな?」
聞いても無駄だと思うけど、とりあえず疑問を口にしてみる。
「なにって、大好きな弟くんをハグしてるんだよ〜?」
うん、やっぱり無駄でした。
全く状況の説明になっていないですね、はい。
「音姉、なんか変な物でも食べた?」
「食べてないよ〜。弟くんが大好きだからハグしてるだけじゃない〜」
あはは、どうやら俺は夢を見ているようだ。
そうじゃなきゃ、俺が音姉に抱きしめられるなんてことがあるはずがないからな。
そう思ったら気が楽になってきた。
このまま、この幸せな時間を楽しむことにしよう。
「うふふ〜、弟くんのニオイだ〜」
俺も音姉のニオイでクラクラしてます。
「やっぱり、弟くんに抱きついてると落ち着くな〜」
俺の理性はそろそろ限界を迎えそうです。
「ずっとこうしていたいね、弟く〜ん」
そうだね、俺もずっとこうしていたいよ。
周囲の視線から考えるに、俺の寿命はそろそろ尽きるだろうけど。


その後、音姉の奇怪な行動(って音姉に言ったら怒るだろうけど)はかなり長い時間続いたのだった。


ケース02 小恋の場合

「よしゆき〜」
ん? この声は小恋か。
なんだか嫌な予感がヒシヒシと……。
「どうした、こ」
小恋、と言おうとした俺の目に飛び込んできたのは、予想を上回る衝撃的光景だった。
「……一応聞いておいてやる。何してるんだ? 小恋?」
「さっきのジュースを飲んだあとから、なんだか身体が火照っちゃってるの〜」
ちなみに、俺の目の前にいる小恋の姿は、普段の真面目な雰囲気からは想像できないぐらいエロい。
具体的には、上着の上二つのボタンが外れており、 その豊満な胸が露わになる寸前にまでなっている。
なんばしよっとかですか、小恋さんや。
まあ、唯一の救いは、現在周囲に人の姿はなく、この光景を見ているのが俺だけだってことか。
「義之ならこの火照りを止めてくれるかなって思って探してたの〜」
いやいや、俺にそんな特殊能力はございませんですよ、小恋さんや。
「俺にならって……俺にお前の火照りを止めることなんて」
できない、と言おうとした瞬間。
柔らかくて気持ちのいい感覚が俺の手を包み込む。
「ほら、胸の鼓動もこんなに激しいんだよ?」
当たってる! 手に胸が当たってるよ、小恋たん!
「こ、小恋……手、手が胸に当たって……」
普段の小恋なら、これで顔を真っ赤にして気付いてくれるんだけど。
残念ながら、今日の小恋は普通ではなかったようだ。
「当たってるんじゃなくて、当ててるんだよ〜」
まさかこんなところで、男の夢である『当ててるのよ』を体験することになろうとは。
「だから、このドキドキを止めてくれるまで離さないからね〜」
何が『だから』なのかは分からないが、俺にお前のドキドキを止めることはできないと思うぞ。
だから早く俺を解放してくださいお願いします小恋様。


そんな俺の願いもむなしく、小恋がこの生き地獄(天国?)から俺を解放してくれたのは、 それからかなりあとのことだった。


ケース03 杏の場合

「義之」
うん、今度は杏か。
いい加減このパターンにも慣れてきた気がするが。
「さっきのジュース、美味しかったわよ」
「そうか、それは良かったよ」
あのジュースの味は知らないけど、そうか、美味しい飲み物だったのか。
まあ、結果オーライというヤツかな。
「でも、あれを飲んでから、ちょっと体調が優れないみたいなの」
あれ、やっぱり飲みやすくても体調に影響を及ぼすような代物だったのか?
杉並の用意した物だから、正直そんな副作用があってもおかしくはないんだけど。
「あ、軽く目眩が……」
会話の最中、そうつぶやいた杏が俺にもたれかかってきた。
「おい、大丈夫か?」
「……うふ。しっかり支えてね、義之」
そんな杏の表情は、何か企んでいるときの小悪魔フェイスだ。
なるほど、そういうことでございましたか。
そうそう、見事にはめられたわけですね、はい。
しかし、気付いたときには時すでに遅し。
「体調が優れない私と、そんな私を抱きかかえる義之……周囲からはどう見えるのかしらね?」
小悪魔だ。
正真正銘の小悪魔がここにいる。
そんな小悪魔を前にして、俺が取れる行動はひとつしかない。
「……な、なにをご所望でございましょうか、杏様」
我ながら潔よすぎる降伏宣言だな。
「うふふ。義之は物分かりが良くて助かるわ」
俺は逆にピンチなんですけどね。
「そうね、私も鬼じゃないわ」
そうだと非常に助かる次第でございます。
「一週間、私のことを『女王様』、あるいは『杏お姉様』と呼んでくれれば、 今日のことは誰にも言わないであげる」
なるほど、そうきましたか。
まあ、俺に拒否する権利などはなからないわけなので。
「御意にございます、杏お姉様」
女王様ではなく杏お姉様を選択したのは、俺の精一杯の抵抗だ。
なんともむなしい抵抗であるとは思うのだが。
「うふふ。今日から一週間、楽しくなりそうね」
そうですね、きっと面白い一週間になることだと思われますね。


というわけで、俺の地獄の一週間はこうして幕をあけたのだった。


ケース04 由夢の場合

「にいさ〜ん」
もう慣れた、いい加減に慣れた。
今度は由夢か、もうどんなことがあってもうろたえないからかかってこいとも!
「どうした、由夢」
うん、今度はしっかり最後までセリフを言い切れたぞ。
成長したな、俺。
「にいさん」
「うむ、なんだね、由夢さんや」
大人の余裕というヤツを見せつけるべく、俺は由夢に問い返す。
「にいさん!」
「は、はい」
突然、由夢は俺の名前を叫んだ。
ビックリして声が裏返ってしまったのが情けないことこの上ないな。
「大体れすね、にいさんはいつもいつも鈍感なんれすよ!」
うん。
ここは、セリフの内容に突っ込むべきなのか、 ろれつがまわってないことに突っ込むべきなのか、どっちだ?
両方か。
「わたしはこ〜〜んなにもにいさんのことが好きらのに、まったく気付きもしないんれすから!」
なんだ?
俺は由夢に告白されてるのか?
その割には、嬉しいという気持ちが全く浮かんでこないのはなぜだ。
「にいさん! 聞いてるんれすか!」
「は、はい! 聞いてます!」
怖い、普通に怖いよ由夢さん。
つい反射的に敬語になっちゃったじゃないか。
「ならいいれす。それなら、私の質問に答えてくらさい」
質問?
いいですとも。
スリーサイズ以外の質問にならなんでも答えてあげようじゃないかマイシスターよ。
「にいさんはわたしのこと、どう思ってるんれすか?」
え?
まさかの直球ど真ん中ストレートですか?
「ど、どうと言われましても……由夢は大切な家族で」
「家族じゃダメらんれす! わたしはにいさんの一番になりたいんれす! 分かりましらか、にいさん!?」
「は、はい」
由夢のあまりの剣幕に、つい頷いちゃったじゃないか。
いや、でもこれは仕方ないと思うんだ、うん。
今の由夢相手に下手に逆らったら、俺の命日が今日になってしまうかもしれん。
「分かったならいいんれす。にいさんが物分かりのいい人で嬉しいれす」
それを人は脅迫と言う。
「それじゃ、今日からわたしとにいさんは恋人れす。うふふ、おもうぞんぶんいちゃいちゃしましょうれす」
うん、今日の由夢はなんだか強引だNE。
でも、そんな由夢もたまにはいいかもな。


なんて思いながら、果たして由夢が今日のことを覚えているかどうかを考える俺だった。



ケースEx. それから

なぜ、音姉、小恋、杏、由夢の四人があんなに面白いことになってしまったのかを考える。
まあ、それはおそらく、俺が杉並に用意してもらった『惚れ薬』のせいなのは間違いないだろう。
たぶん、惚れ薬を飲んだ音姉達四人に、副作用的な変な効果が出てしまったに違いない。
全ては、惚れ薬による疑似ハーレムを作ろうとした俺の失敗だったということだ。
結論。
ハーレムを作るなら、自分の力でなんとかしましょう。
合掌。

終わり



もどりますか?