三者三様な日常



ケース01 音姫の場合

「音姉、音姉」
廊下で偶然音姉を見つけた俺は、彼女に声をかけて引き留めた。
「ん? 何か用かな、弟くん?」
いつもと変わらぬ愛らしい笑顔で立ち止まる音姉。
そんな音姉に、俺はある言葉を聞かせてみることにした。
「愛してるよ、音姉」
自分にできる最大限の笑顔で、音姉に突然の愛の告白をする。
音姉ならきっと面白い反応をしてくれる。
そう思っていた。
いや、思いこんでいた。
しかし、現実はそう上手くはいかないということを俺は数秒後理解させられることとなる。
「やだもう、弟くんってば! お姉ちゃんをからかうなんてダメだよぉ♪」
恥ずかしそうに頬を染めながらの笑顔で振り上げた音姉の手が、物凄い速度で俺の顔面に向かって……。
「げふぅっ!?」
その瞬間。
音姉の華麗なビンタによって、俺の身体は綺麗に数メートルほど吹き飛んだ。
それはもう、見ている者を感心させられるであろうほど華麗にかつ勢いよく。
「……お、おとねえ……それはちょっとやりすぎ……では……ぐふっ……」
そこで俺の意識は途絶えた……らしい。
らしい、というのは、一体いつ気を失ったのかを俺自身が覚えていなかったからだ。
意識を失う前、俺が最後に見た光景は、頬を薄紅色に染めながら
「もう! みんなが見ているところで愛の告白なんて、いくらお姉ちゃんでも困っちゃうよ〜♪」
と嬉しそうに腰をくねくねさせて悶える音姉の姿だった。
そんな極限の状況のなか俺は、音姉をからかうのはもうやめておこうとひとり思っていた。


ケース02 由夢の場合

「由夢、由夢」
廊下で偶然由夢を見つけた俺は、彼女に声をかけて引き留めた。
「はい? どうかしましたか、兄さん?」
いつも通りネコを被りまくった由夢が、素敵な笑顔でこちらに振り返る。
そんな由夢に、俺はある言葉を聞かせてみることにした。
「愛してるよ、由夢」
自分にできる最大限の笑顔で、由夢に突然の愛の告白をする。
「…………」
しかし、由夢から返ってきた反応は、恐ろしいまでの無言だった。
いっそのこと罵倒でもしてくれた方がよほどマシだと思える時間のなか、由夢はひたすらそれを貫いていた。
「あ、あの……由夢さん?」
たまらず由夢に話しかける俺。
いや、だってさ、こんな地獄に長い時間耐えられる人間なんていないと思うんだよ。
ああ、そうだとも。
決して沈黙する由夢が怖いとかそんなんじゃない……はずだ。
なんてバカなことを俺が考えていると。
ふいに由夢が、長い沈黙を破って口を開いた。
「に、兄さんがどうしてもって言うんなら……今日だけ、今日だけね。私の彼氏にしてあげてもいいよ?」
な、なんだそのしおらしい表情は。
頬まで紅く染められちゃったら、反論することもできないじゃないかよ。
「兄さんは、私の彼氏になるの……いや……なの?」
はい、撃沈。
俺、見事に撃沈しました。
そんなしおらしく頬を染めて言われたら、嫌と言える男なぞいるはずがありませんとも、ええ。
もちろん俺だって例外ではありませんでした、というわけだ。
「嫌なわけないよ。俺を今日一日だけ、由夢の彼氏にしてください」
元々、悪ふざけだったとはいえ由夢に告白したのは俺なんだしな。
真摯な由夢の気持ちを無碍に扱うなんてことはいくら俺でもできるわけがない。
「ふふ。仕方のない兄さんですね」
言葉とは裏腹に、由夢が少しだけ嬉しそうな表情をしている……ように俺には見えた。
俺の方も、不思議と心が温かくなるような、そんな感覚を抱いていた。
「今日は沢山付き合ってもらいますから、覚悟してくださいね、兄さん♪」
「はは、お手柔らかに頼むよ、由夢」
その言葉を合図にして、俺と由夢は手を繋ぎながら歩き出した。
そして、こんな日常も悪くはないかもしれないな、と俺はひとり思っていた。


ケース03 小恋の場合

「小恋、小恋」
廊下で偶然小恋を見つけた俺は、彼女に声をかけて引き留めた。
「あ、義之。どうかしたの?」
純真無垢な笑顔を俺に見せながら、小恋がこちらに振り返る。
この笑顔を計算なしでできるのが小恋の凄いところだといつもながらに思う。
しかし、残念ながら今日は小恋の笑顔を見ることが目的ではないのだ。
というわけで、俺はある言葉を小恋に聞かせてみることにした。
「愛してるよ、小恋」
自分にできる最大限の笑顔で、小恋に突然の愛の告白をする。
さあ、小恋は一体どんな反応を返してくれるのだろうか。
などと期待しながら待っていると。
「え……ええ〜〜〜!?」
普段は大人しめの印象を周囲に与えている小恋が、周りのことなど気にする様子もなく叫んだ。
その頬は、リンゴなんて目じゃないほど真っ赤に染まっている。
「よ、義之がわたしを愛してるって……ど、どうしよう、凄く嬉しいよ…… で、でもでも、義之が私に告白してくれるなんてあり得ないよね…… で、でも、義之、凄く真剣な目をしてた気がするし…… こ、これはもしかして両思いってやつなのかな……?  ど、どうしよう、わたし、顔、真っ赤になってないかな……」
唐突に叫んだかと思いきや、今度は真っ赤な頬をしながら独り言をつぶやく小恋。
いや、独り言だと思っているのは小恋本人だけだろう。
動揺が限界を超えたからなのか、小恋の『独り言』は周囲の人間(もちろん俺にもだ)に聞こえまくっている。
うーん、ちょっと面白い小恋を見られたらいいかな、 なんて思いで試してみたけど、これは想像以上に面白いものを見られたな。
当分はこのネタで小恋いじりを楽しむことができそうだ。
「で、でもでも、もし二人が付き合うなら、相性も凄く大事だと思うし…… ううん、弱気になっちゃダメだよ、月島小恋!  義之とわたしなら相性もばっちりだよ、きっと!  うん、そうだよ、きっと大丈夫! 頑張れ、月島小恋!」
どうやら小恋のなかでは、着々と俺と付き合うことに対する想像が広がっているらしい。
このまま小恋の壊れっぷりを見ているのも楽しいだろうとも思ったが、 さすがにそろそろ止めないと色々な意味でやばそうな気がした俺は、フォローの言葉をかけようと小恋の肩に手を伸ばそうとした……のだが。
「あ、でも、最初はできれば優しくして欲しいかな…… やっぱり初めては怖いもんね。だけど、好きな人が優しくしてくれたら、きっと私も大丈夫だと思うんだ。 そんでもって、初めての行為が終わったら、 義之に優しく耳元で『世界中の誰よりも愛してるよ、小恋』とか言われちゃったりして……キャー!」
ヤバイ、これ以上は本気でヤバイ。
小恋の暴走っぷりが、俺が想像していたよりもはるかに凄まじすぎる。
俺の本能が警告している。
小恋にこれ以上先の言葉を言わせてはいけない、と。
しかし、時すでに遅し。
決定的な一言が、暴走する小恋の口から発せられる。
「わたしは義之のものだから……幸せにしてね、義之!」
その瞬間、周囲の人間の視線が全て俺へと収束した。
……ああ、今までありがとう、お世話になった人達。
俺の人生は、どうやら今日ここで終わるようです。
さようなら、素晴らしき友人と家族達よ。
できることなら、来世でも同じ関係を築けることを祈っております。
結論。
自分の発言には責任を持ちましょう。
合掌。


終わり



もどりますか?