大晦日の大掃除



「それでは、今から大晦日の大掃除を始めたいと思います」
時は大晦日。
芳乃家の居間に集合した音姫・由夢・義之の三人。
その目的はもちろん、音姫の言葉どおり、年末の恒例である大掃除をすることだ。
「まずは、担当を決めたいと思います」
大掃除を始めるに当たって必要なのは、誰がどこを掃除するかであろう。
そう考えた音姫が、由夢と義之にそう告げる。
「そうだね。弟くんには居間を、由夢ちゃんにはお風呂場を担当してもらおうかな」
「おう、任せとけって。ほこり一つない部屋に改造してやるぜ」
「や、兄さんなら普通にやりそうだよね、それ」
実際、それを普通にやってしまいそうだと思えてしまうのが義之という男だろう。
もちろん、実際にそんなことは不可能ではあるのだが。
「そうだろうそうだろう。そう思わせることができるのが、俺という存在の素晴らしいところだな」
「や、自分で言うとただのおバカさんにしか聞こえないから」
「ははは、負け惜しみは良くないぞ、由夢さんや」
「や、意味が分からないから」
そんないつものやりとりに、つい大掃除前の時間だということを忘れそうになる。
それを知ってかは定かではなかったが、音姫が二人を元の世界へと連れ戻す。
「ほらほら、そろそろ掃除を始めるよ〜」
音姫のその発言で、由夢と義之の漫才もどきはいったん終幕する。
そして、義之はその場で掃除の準備をし、由夢は自分の持ち場へ向かうために居間を出る。
「ところで、音姉はどこを掃除するんだ?」
居間の掃除に取りかかろうというところで、義之は、ふと思い浮かんだ疑問を口にする。
音姫もそれを想定していたのか、自分の掃除担当場所を義之に告げる。
「私は二階の部屋を掃除しようかなって思ってるよ」
「そっか、了解」
芳乃家の二階には、それほど数は多くないがいくつかの部屋がある。
音姫は、その部屋達を担当しようと思っているようだ。
音姫に任せておけば大丈夫だと判断した義之は、特に疑問も持たずに自分の持ち場へ向かった。


「……ふぅ。居間の掃除はこんなもんかな」
掃除開始から数時間。
ひたすら居間を掃除していた義之は、 居間はこれで大丈夫だろうと判断し、テーブルの近くに腰を下ろす。
「由夢〜! 音姉〜! そっちはどうだ〜?」
掃除が終わった義之は、他の二人の掃除がどうなったかが気になり、音姫と由夢に声をかける。
程なくして、二人から返答が返ってくる。
「こっちはもうすぐ終わりそうですよ! 兄さん!」
「こっちはまだしばらくかかりそうかな〜! 弟く〜ん!」
「そっか! もう少ししたら手伝いに行くよ!」
距離が離れているため、自然と声が大きくなってしまうのは仕方がない。
二人からの返答を考慮して、次にどちらの手伝いに行くかを思案する。
「さて、休憩もしたことだし、由夢の手伝いでもしてやるかな」
しばらく思案したのち、先に終わりそうな由夢の手伝いをするべく、義之は立ち上がる。
そして、再び居間を出て、義之は由夢の掃除場所へと向かった。


「由夢。調子はどうだ?」
芳乃家はそれほど広くないので、義之はすぐに由夢の掃除場所へと到着する。
到着すると、義之は、水の音がする扉を開け、中の由夢の様子をうかがった。
「あ、兄さん。うん、もう少しで終わりそうだよ」
「そっか。俺も手伝うよ」
もうあまり手伝うことはないだろうとは思ったが、義之はそう由夢に提案する。
「ありがとう、兄さん。でも、私は大丈夫だから、お姉ちゃんのところに行ってあげて」
「いいのか? 由夢?」
てっきり、手伝って欲しいという返答が返ってくると思っていた義之。
だが、実際に返ってきた反応は、義之の想像とは違うものであった。
「うん。二階は部屋がいくつかあるから、お姉ちゃん一人だと大変だと思うから」
「それもそうか。それじゃ俺は音姉の方にいくけど、手伝いがいるようなら遠慮なく言えよ?」
「うん、ありがとう、兄さん」
基本的に、由夢と音姉は凄く仲がいい。
同じ男を好きになった相手同士とは思えないほどに。
だが、そんな二人だからこそ、義之も二人に惹かれたのだろうと思えた。


二階に到着すると、義之の部屋の辺りから、なにやらガサゴソという感じの音が聞こえてきた。
どうやら、音姫が、義之の部屋を掃除している最中らしい。
「音姉は俺の部屋の掃除か」
そう、音姉は今、俺の部屋の掃除をしている。
そこまで思考して、義之は、重大な事実に気付く。
「……ん? お、俺の部屋ぁ!?」
そう、音姫は今、義之の部屋を掃除している。
その事実が示すことはたった一つ。
「お、音姉! 俺の部屋の掃除は俺がやるか……ら……」
勢いよく、自分の部屋の扉を開ける義之。
だが、時すでに遅し。
事態は、義之の想像上最悪の状況へと変貌していた。
「…………」
部屋の中には、ベッドの近くで座り込む音姫の姿。
後ろからでは、音姫が一体どのような表情をしているのかを伺うことはできない。
だが、義之には分かっていた。
今、音姫が、一体どのような表情で何をしているのかが。
「……お、音姫様?」
「…………」
無言。
ただひたすらそれを貫く音姫に、義之は恐怖を覚える。
数秒とも数分とも数時間とも思える時間。
そんな恐怖の沈黙を破ったのは、他ならぬ音姫であった。
「……巨乳エリカの楽しい放課後。至福の時間を過ごしましょ」
まずはジャブ代わりの一冊目。
「……期待の巨乳アイドルレナ。あなたの一番になりたい」
続いてのストレートな二冊目。
「……元祖尽くし系メイドアリサ。あなたにご奉仕しちゃうぞ」
最後はトドメのカウンターの三冊目。
判定、音姫の3ラウンドTKO勝ち。
「……由夢ちゃん」
「は、はい!」
一階にいたはずの由夢が、音姫の声に反応して姿を現す。
「どうすればいいか……分かるわよね?」
「も、燃やしてまいります!」
その言葉を最後に、音姫に渡された何冊もの本を手に、由夢はその場から姿を消した。
そしてこの場に残ったのは、無言で笑う音姫と、それをただただ見つめる義之だけとなった。
「……で、弟くん」
「は、はい!」
ドスの効いた低い声で、音姫が義之の名前を呼ぶ。
その様子は、義之を、さながら閻魔大王を前にした死刑囚のような気持ちにさせていることだろう。
もちろん、この後の展開は決まっていた。
「弟くん! ちょっとそこに正座なさい!!」
恐怖の大王ならぬ、恐怖の姉音姫。
そんな恐怖の姉の言葉に、雑魚キャラ同然の弟が逆らうことなどできようはずがなかった。
「今日は朝まで寝かせませんからね!?」
「……はい」
ああ、懲りない男義之。
彼の辞書に、「学習」という言葉はないに違いない。
なぜなら、彼はまれに見るお馬鹿さんだから。
その後、「貧乳最高貧乳最高貧乳はステータス……」とひたすらつぶやき続ける少年の姿があったとかなかったとか。
合掌。


終わり



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