ふみふみ願望



「ほ、本当にやるの? 弟くん?」
「もちろんさ、音姉」
とある休日の昼下がり。
義之と音姫は、部屋の中でそんな会話を繰り広げていた。
一体何をしようとしているのかと言えば。
「……こほん」
覚悟を決めるように、音姫は一度咳をする。
そして、その表情を全く別のものへと変化させる。
「義之。私に何をされたいのか言ってごらんなさい」
「い、いやしいわたくしめを踏んでくださいませ、音姫様」
そう。
義之が音姫に頼んだのは、女王様プレイの発展系とでも言えるであろう『踏まれたいプレイ』なのであった。
「こう? これがいいのね?」
「うぅ!」
音姫による容赦のない踏みつけに、義之は言いようのない感覚を感じていた。
普段体験出来ないプレイに興奮しているのかもしれない。
「全く! 踏まれて感じてしまうなんて、義之はとんだ変態さんね」
「……はい。わたくしはいやしい変態でございます」
そんなやりとりの間も、音姫は義之を踏むことをやめない。
当の義之が、その特殊な状況を望んでいるのだ。
「……踏むのも飽きてきたわね」
そこでいったん、音姫は義之を踏むことをやめた。
「……音姫様?」
音姫の行動の理由が分からない義之は、音姫に疑問の眼差しを向ける。
もっとも、その理由を義之はすぐに理解することになる。
「義之」
「は、はい」
いきなりの音姫の問いかけに、義之は緊張しながら返事を返す。
義之の返事を確認して、音姫は続きを口にする。
「私の足をなめて綺麗にしなさい」
「あ、足を……?」
突然の音姫の提案に、義之は動揺を隠せなかった。
だが、義之自身、そんな特殊な状況を望んでいるのもまた事実であった。
音姫もそれを理解しているのか、さらに言葉を続ける。
「私の命令が聞けないとでも言うの?」
義之が音姫の言葉を否定出来るはずがない。
音姫も、それを理解しているからこそ、そう言ったのだ。
「わたくしが音姫様のご命令を断るはずがありません」
それは、音姫の期待通りの言葉に他ならなかった。
もっとも、義之がそれ以外の言葉を発することなどあり得ないのだが。
「……んっ」
おもむろに、義之が音姫の綺麗な足の指を口に含む。
そしておもむろに、義之は、静かに音姫の足をなめ始める。
「……んっ! いいわよ、義之。もっと丁寧になめなさい」
音姫の命令通り、義之は、さらに丁寧に音姫の足をなめる。
足をなめるたびに発生する唾液の音が、二人の精神をより一層刺激する。
「……いいわよ、義之。その調子で私に奉仕しなさい」
心なしか、音姫の表情がいつもと少しだけ違う気がした。
もっとも、義之にはそれを感じることが出来ないぐらい小さな違いではあったのだが。
「……全く。少しの躊躇もなく私の足をなめるなんて、義之は本当に変態さんね」
「私が変態になる相手は、音姫様のみでございます」
嘘偽りのない義之の真実の言葉。
そんな言葉を聞いて、音姫の心は充足感で満たされていた。
「ふふふ。嬉しいことを言ってくれるじゃない」
再び、音姫の表情が少しだけ変化したような気がした。
それは、今度は気のせいではなく、義之にもそのわずかな変化が観察出来ていた。
「ご褒美をあげるわ。今度は足じゃなく、私のここにキスをしなさい」
そう言って音姫が指差したのは、自分の唇であった。
当然、義之がその命令を断るはずがなく。
意を決した義之は、自分の唇を音姫の唇に近づける。
「……んっ」
静かな部屋に、二人のキスの唾液音だけが響き渡る。
出来るだけ音姫が気持ちよくなるようなキスをする義之。
音姫もそれを理解しているのか、義之の行為を素直に受け入れ、その甘美な感覚に身をゆだねる。
「……ん」
数秒か数分か分からない時間キスをしていた二人は、どちらからともなく唇を離す。
唇を離してしばらくの間、二人は、無言でキスの余韻を楽しんでいた。
「……ふふ。さすがは私の従者ね。気持ちの良いキスだったわ」
「ありがたき幸せでございます、音姫様」
従者と女王の会話のごとく、二人はそんな会話をする。
そうした会話もまた、二人にとっては充実したものに思えるのだ。
「さて、それじゃ、最後に聞いておくわね」
そこでいったん、音姫は言葉を止める。
そして、しばしの沈黙ののち、義之への最後の命令を口にする。
「義之は……私のことが好き?」
「もちろんです、音姫様」
聞くまでもないことだろう。
義之が、音姫のことを嫌いになるはずなどあろうはずがないのだ。
「そう、嬉しいわ」
表情にこそ出さなかったが、音姫の声が少しだけ弾んでいるような気がするのは気のせいではないだろう。
もっとも、当然のごとく、義之がその小さな変化に気付くことはなかったのだが。
「それなら……私が次に欲しい言葉、分かるわね?」
「はい、音姫様」
音姫が今もっとも欲している言葉。
それはおそらく、目の前にいる義之しか知らず、義之が言うことでしか効果を発揮出来ない言葉であろう。
義之もそれを理解しているので、『その言葉』を音姫に伝えるべく口を開く。
「わたくし桜内義之は、朝倉音姫様と永久に一緒にいることを誓います」
それは、永遠に音姫と一緒にいるという誓いの言葉。
他の誰が言っても効果がない、義之だけに許された言葉。
そんな特別な言葉に込められた思いは計り知れない。
「ふふ、良くできました」
義之の誓いの言葉を、音姫は、心底嬉しそうな笑顔で受け入れた。
今ここに、義之と音姫の姉弟を超えた絆はより一層深まったのだ。
「ずっと一緒だよ、弟くん」
「うん、ずっと一緒だ、音姉」
この瞬間、音姫と義之は一心同体となった。
誰であろうと、二人の絆を断ち切ることは出来ないだろう。
二人は、なにものよりも強い絆で結ばれているのだから。



……。
…………。
………………。



「……という夢を見たんだけど、どう思う? 音姉」
「また夢落ちなんだね」


終わり



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