世界征服という名の妄言



「さて、どちらが本物の俺でしょうか」
休日の昼下がり。
珍しく義之に呼び出された音姫と由夢。
一体何の用だろうと考え、義之の部屋に二人はやってきた。
しかし、部屋に入って数秒後二人は、来なければよかったかもしれないと思わずにはいられなくなっていた。
「……ええと、これは一体どういうことなのかな? 弟くん」
「……兄さんはまともなことをしない人だとは思っていましたが、 ここまでされると逆に尊敬してしまいますね」
二人の目の前には、『ありえない光景』が広がっていた。
部屋に入った瞬間、二人の義之に迎えられるというありえない光景が。
これが現実だとは信じたくない。
可能ならば、夢であって欲しい。
そんなことを思う二人であったが、残念ながらこれは現実なのだ。
「さぁ、どちらが本物の俺か当ててみろ! 音姉! 由夢!」
「……」
「……」
呆れにも似た感情を味わう二人が、静かにため息をついた。
当然だろう。
まるでドッペルゲンガーが現れたかのように、同じ人間が二人場に存在しているのだ。
正常な反応をしろという方が無理な話だ。
「さぁ! どうした二人とも! 分からなかったら罰ゲームだぞ!?」
いつの間にか変なルールが追加されていた。
だが、当の二人はといえば、そんな理不尽に突っ込む余裕すらなかった。
「由夢ちゃん……私達はどうしたらいいと思う?」
「そうですね……とりあえず、この場から退散したらいいんじゃないかな?」
現実逃避をしたくなる現実を前にして、二人の意見は、この場から離れることで一致した。
もしかしたらこれは自分達の幻覚で、この場を離れてしばらくしたら問題が解決するかもしれない。
もちろん、これが夢でも幻覚でもないということは、二人が一番よく知っていた。
しかし、ありえない現実を目の当たりにした人間に、そんな正論は通用しないのだ。
「お、お姉ちゃん、用事を思い出しちゃったから、ちょっと出かけてくるね」
「わ、私も急用を思い出したので帰りますね」
動揺を隠しきれない様子でそう義之に告げた二人は、足早にその場をあとにしようとする。
だが、義之がそれを許可するはずもなく。
二人に増えた義之達が、二人の退路をふさいでしまった。
「フフフ……逃げることは許されないぜ、二人とも」
心底楽しそうな笑みを浮かべながら、義之達は二人を見つめていた。
ああ、逃げ場はどこにもないんだな。
二人がそんな考えを持ったかは定かではない。
しかし、二人の意志とは関係なく、二人は義之の相手をしなければならないようだ。
「……一体何が目的なの? 弟くん」
「……どうせ兄さんのことだから、まともなことは考えてないですよ、お姉ちゃん」
義之の怪しげな笑みを見て不安になったのだろう。
逃げられないと理解した二人の思考は、義之の真の目的が何なのかに集約されていた。
「フフ……なぁに、たいしたことじゃないさ」
そこでいったん、義之は間をおいた。
一方、心底楽しそうな義之の様子を見て、二人の不安はさらに増大していく。
「俺の目的……それは……」
「そ、それは……?」
二人は、思わず同時に義之の言葉を反復してしまった。
どんな言葉が来るか分からない緊張が場を支配する。
そんななか、二人は、固唾をのんで続きの言葉を待つ。
「世界征服さ!!」
これがゲームなら、大きな効果音が入っていただろう。
そう思えるほど高らかかつ自信満々に、義之は自分の目的を叫んだ。
な、なんだってー!!
思わず、そんな某漫画のセリフが浮かんできそうな気がした。
「せ、世界征服?」
再び、二人の言葉が重なった。
世界征服という聞き慣れない単語を耳にした二人の思考は完全に混乱していた。
なぜ弟くん(兄さん)がそんなことを?
一体何の冗談なの?
そもそも世界征服ってなに?
そんな思考達が堂々巡りを繰り返し、二人は正常な思考をすることが出来ない。
「コイツはその手始めに俺が作った試作品……名付けて、「SY-Z08型 ヨシユキ」だ!!」
再び、どこからか大きな効果音が聞こえてくるような気がした。
一方、堂々とそんな叫びを挙げた義之を見て、二人は大きなため息をついてしまった。
ああ、大切な弟くん(兄さん)が狂ってしまった。
思わずそんな考えが浮かんできてしまうほど、二人の脳は混乱していた。
無理もないことだ。
唐突に世界征服などという妄言を口にし、あまつさえ、そんな目的のためにロボットを作ってしまったというのだ。
呆れさえすれど、今の義之を肯定出来る人間はいないだろう。
「手始めに、初音島の人間を征服してやろうぞ!!」
ついに口調までおかしくなった義之を前にして、二人の正常な思考回路は完全に停止していた。
しかし、そんな二人の様子などお構いなしに、義之は言葉を続ける。
「フハハハ! 俺を止められるものなら止めて見るがいい! 我が親愛なる家族達よ! スイッチ・オン!」
義之のかけ声と共に、天井がゆっくりと開き始める。
いつの間にこんな仕掛けを作ったんだろう。
ありえないことが連続したせいか、二人は、冷静にそんなことを考えていた。
「ハハハハ! さらばだ! 音姉! 由夢!」
そう叫びながら、義之は、いつの間にか装着していた小型ロケットのようなものを身にまとい、開かれた天井から外界へと旅だって行った。
義之曰く、SY-Z08型という名前らしいロボットとともに。
「……行っちゃったね」
「……ええ」
あとに残されたのは、呆然とした表情でその場に立ちつくす二人の少女の姿であった。
「……とりあえず、忘れよっか」
「……そうですね」
思わずそんな会話をする二人の表情には、不安やら呆れやらといった様々な感情が含まれているような気がした。
ああ、これから一体どうなってしまうんだろう。
ため息混じりにそんなことを考えながら、二人は自分たちの日常に戻っていくのだった。



………。
………………。
………………………。


「……という夢を見たんだけど、どう思う? 由夢」
「忘れたらいいんじゃないですか」


終わり



もどりますか?