本と朝倉姉妹




ケース01 音姫の場合


「全く、弟くんったら。気が向いたときにしかお掃除をしないんだから」
義之の外出中。
汚くなりかけている義之の部屋を掃除するため、音姫は義之の部屋に来ていた。
「さて、どこからお掃除しようかな」
まずどこから掃除をしようかと音姫は思考を巡らす。
とはいえ、義之の部屋は基本的に、それほど汚いわけではない。
家事全般が得意な義之の部屋が、極度に汚くなることなどないのだ。
しかし、最近掃除をしていなかった義之の部屋は、 音姫のチェックに引っかかる程度には汚くなっているのも事実であった。
「うん、まずは一番散らかっていそうな床から綺麗にしようかな」
音姫の目には、部屋のどの場所も同じような状態に見えた。
そのなかで、床から掃除をしようとした理由を聞かれれば、なんとなくという他ない。
「ただいま〜」
今から掃除を始めようとしていたとき。
一階から、戻ってきたらしき義之の声が聞こえてきた。
「弟くん、帰ってきたみたいね」
義之が帰ってきたことを知った音姫は、いったん掃除の手を止め、義之が上がってくるのを待つ。
しばし待っていると、階段を上る音と共に、義之が部屋へと姿を現した。
「あれ、音姉? 俺の部屋で何やってんの?」
部屋に入った義之は、音姫がなぜ部屋にいるのか疑問に思ったようだ。
その理由を音姫に問いかける。
それを聞いた音姫は、その理由を義之に説明する。
「結構汚れてきちゃってるから、お掃除をしようと思ってね」
「それなら、言ってくれれば俺も一緒にやるのにさ」
「うん。そう思ったんだけど、弟くん、出かけちゃっていなかったから」
「そっか。それなら、今から一緒にやろうか、音姉」
「うん、弟くん」
自分の部屋の掃除を手伝ってくれると言っているのだ。
義之に不利益はなかった。
いや、ないはずだった。
だが、義之は忘れていた。
目の前にいる人物には絶対に見せてはならないものが、ある場所に隠されていることに。
「ん? ベッドの下に何か……」
掃除も中盤以降にさしかかった頃。
ベッドの下を掃除していた音姫が、その下にある何かを発見する。
それを見た義之は、ようやく『その事実』に気付いた。
「お、音姉! そ、そこは俺がやるからいいよ!」
ベッドの下を音姫に見られるわけにはいかない。
とっさにそう判断した義之は、ベッドの下に手を伸ばす音姫を慌てて止める。
しかし、義之は気付いていない。
そのあからさまな行動が、逆に音姫の疑惑の心に火をつけてしまったことに。
「……怪しい」
「い、いや、何も怪しくなんてないぜ?」
「……」
ひたすらの沈黙。
義之にとっては恐怖でしかないそんな時間が続く。
「あ、あの……音姫様?」
「……」
さらなる沈黙。
無表情でそれを貫く音姫の様子に、義之は、ただただその重すぎる空気に耐えるしかなかった。
「……ベッドの下ね」
「!?」
永遠に続くかと思われた沈黙を破ったのは音姫であった。
それだけで人間一人を殺せそうな低く冷たい声でそうつぶやいた音姫は、 無言のプレッシャーを放ちながら、ベッドの下へと手を伸ばした。
「……」
「……」
再び沈黙。
義之にとっては地獄でしかない時間が続く。
そんななか、おもむろに音姫は、手に持った『それ』のタイトルを読み上げる。
「……巨乳エリカの恥ずかしい秘密。あなたに全て知って欲しい」
まず一冊目。
「……グラビアアイドルサキの女体盛り。あなたに全部食べて欲しい」
続いて二冊目。
「……ロリータフェイスな巨乳娘アユミ。魅惑の瞳であなたを誘惑しちゃうぞ」
トドメの三冊目。
勝者、朝倉音姫。
1ラウンドTKO勝ち。
「……」
「……」
もはや何度目かも分からない沈黙。
義之秘蔵のエロ本のタイトルを音姫が読み終わった場には、とても重苦しい空気が漂っていた。
「……由夢ちゃん」
「は、はい!」
おもむろに音姫が由夢の名前を呼ぶ。
すると、近くにはいなかったはずの由夢が、二人の前に姿を現した。
「どうすればいいか……分かるわよね?」
「も、燃やしてまいります!」
有無を言わさぬ迫力を漂わせる音姫の前に、もはや誰も逆らうことは出来なかった。
義之秘蔵のコレクションを持った由夢が姿を消したのを確認した音姫は、改めて義之に視線を向ける。
「……さて、弟くん」
「は、はい。な、なんでございましょうか、音姫お姉様」
義之の言葉が自然と敬語になってしまうのは、音姫の恐ろしさゆえであろう。
しかし、そんな義之の様子など関係なく、音姫の怒りの鉄槌が義之に襲いかかる。
「弟くん!! ちょっとそこに正座なさい!!」
怒り心頭といった様子で、音姫は義之にそう叫びかける。
当然、義之にそれを回避する手段などあろうはずがなかった。
悲しきかな、最大限に怒った音姫に勝てる人間などこの世にはいないのだ。
「今日は寝かせませんからね!」
「……はい」
その後義之は、音姫の怒りのお説教を一日中聞き続けていた。
徹夜で行われた説教を聞き続けた義之は、しばらくの間、 「エッチなのはダメ、エッチなのはダメ」とうわごとのようにつぶやき続けていたらしい。



ケース02 由夢の場合


いつもの昼下がり。
休日ですることもなかった義之は、部屋で特に目的もなく過ごしていた。
「兄さん、ちょっといいですか?」
暇を持て余してどうしようかと考えていたとき。
ノックと共に、由夢の声が扉越しに聞こえてきた。
「ああ、入れよ」
「はい、失礼しますね」
義之の了承を得た由夢は、静かに部屋の中へと入る。
何の用か気になった義之は、由夢にその真意を問いかける。
「どうかしたのか? 由夢」
「ええとですね……」
そこまで言って、由夢はしばし間をおいた。
よほど言いにくいのか、それとも他に理由があるのか。
その真意は由夢にしか分からなかったが、義之は静かに続きの言葉を待つ。
「に、兄さん」
「ん?」
「……」
意を決して義之の名前を呼んだ由夢だったが、再び言葉を止め沈黙してしまう。
由夢らしくないな。
そんな感想が義之の脳内で繰り出されそうなやりとりであった。
「一体どうしたんだよ? 由夢」
何度も言葉を詰まらせる由夢を不思議に思った義之が、再度由夢に問いかける。
対して由夢はと言えば、言い辛そうに言葉を詰まらせたままだ。
「ええと、その……」
どうにも由夢らしくないその態度に、義之は妙な新鮮さのようなものを感じていた。
しかし、あまり問い詰めても意味はない。
そう感じた義之は、じっと由夢の言葉を待つ。
そんな義之の様子を感じ取ったのか、恐る恐るといった様子で由夢は言葉を続ける。
「兄さん!」
「は、はい」
「に、兄さんは……その……エッチなことを体験したことってありますか?」
「……え?」
一瞬義之は、由夢の言葉の意味を理解出来なかった。
由夢の言葉を心の中で何度か反復することで、ようやくその意味を理解した。
「ええと……なんでいきなりそんなことを?」
もっともな疑問だった。
義之でなくとも、年頃の少女にそんなことを聞かれたら、その真意を聞きたくなるというものだろう。
「い、いえ、特に深い意味はないんですよ?  ただ、友達が気になることを言っていたので、聞いてみただけなんですよ?  決して、私が兄さんとそういうことをしたいとかじゃないですからね?」
「ふむ」
緊張のせいか、かなり饒舌(じょうぜつ)に話す由夢を見て、義之はしばし思案する。
由夢はおそらく、純粋な気持ちで聞いているのだろう。
そんな由夢の問いかけに真面目に答えるか否か。
しばらく迷った義之だったが、ある程度思考したのち、義之の中に小さな悪戯心が芽吹き始めた。
「ある……って言ったらどうする?」
「ええ!?」
義之の予想外の言葉に、由夢は思わず声をあげて驚いてしまった。
当然だろう。
自分と年の近い兄のような存在の少年が、すでに『それ』を経験していると言ったのだ。
驚くなという方が無理な話だろう。
「はは、嘘だよ、嘘」
「……え?」
再度の義之の予想外の言葉に、由夢は再び驚きの声をあげた。
そんな由夢の反応も、義之の想定内のものなのだろうと想像出来た。
「残念ながら、俺にはまだそんな経験はないよ」
「そ、そうですか」
軽いノリでそう告白する義之を見て、由夢は心の中で安堵した。
もっとも、由夢の表情はいつも通りのものだったので、その感情を義之に悟られることはなかった。
「でも、そんなことを気にするなんて、由夢も結構かわいいところがあるんだな」
「何気に失礼ですよ、それ」
「はは、でも事実だろ?」
「や、私は普段から優等生ですから」
「はは、言ってろ」
何気ない会話。
少し普段とは違う話題の会話ではあったが、そんな会話でさえ楽しいと感じられた。
「……っと、ちょっとトイレ行ってくるわ」
そう言って義之は、扉を開け、部屋を出て行った。
一人になった由夢は、ふとあることを思いつき、ベッドの下に手を入れた。
「確かこの辺にあったような……」
ベッドの下を探す由夢の手に、目的のものらしき感触が伝わってきた。
複数ある『それ』を、由夢は冷静な手つきで取り出していく。
「目的のもの発見っと」
目的のものを手に入れた由夢は、妖しげな微笑みを浮かべていた。
その微笑みは、世の妹好きを悶絶させられる破壊力を秘めているように感じられた。
そんななか、おもむろに由夢は、手に持った『それ』のタイトルを読み上げる。
「……爆乳サオリのエッチな放課後。あなたと一緒に過ごしたい」
まず一冊目。
「……童顔アイドルミユキのご奉仕。あなたにもっと感じて欲しい」
続いて二冊目。
「……素直で一途な巨乳娘シオリ。あなたのことだけ想ってます」
トドメの三冊目。
勝者、朝倉由夢。
2ラウンドTKO勝ち。
「……兄さん、こんな子が好みなんだ」
意味深にそうつぶやく由夢。
そして、おもむろに自分の手を胸へと持っていく。
「……小さい」
自分の胸と、義之秘蔵コレクションの少女の胸を比較した由夢から、諦めにも似たため息が漏れる。
そんな軽いカルチャーショックを受けた由夢が、ふいに何かを思いついたようだ。
「ふふ、兄さん、早く帰ってこないかな」
まだ義之が出て行ってからあまり時間は経っていない。
そんな事実もあり、由夢は義之が戻ってくるのを静かに待つ。
しばし待っていると、階段を上る義之の足音が聞こえてきた。
「ん? 由夢、そんなところに立ってどうし……た……」
ベッドのそばで立ちつくす由夢を見て、どうしたものかと思う義之。
しかし、由夢が手に持った『それ』を見たとき、義之の中の冷静さという感情は綺麗サッパリ消えてしまった。
当然だろう。
妹のような存在の少女が、自分の秘蔵コレクションを手に持っているのだ。
義之でなくとも焦ってしまうというものだろう。
「どうかしましたか? 兄さん」
満面の笑み。
清々しいほどのその微笑みに、義之はある種の恐怖のようなものを感じていた。
そんななか由夢は、さらに義之を絶望の淵へと追い込む言葉を口にする。
「この本がお姉ちゃんにバレたら……どうなるかなぁ?」
「!?」
救いようのない絶望的な一言。
そんな言葉をかけられた以上、もはや義之に勝ち目はなかった。
「な、何がお望みでしょうか、由夢様」
哀れ負け犬義之よ。
我々はキミのことを忘れない。
そんなナレーションがどこかから聞こえてくるような気がした。
「そんなに身構えなくても大丈夫ですよ、兄さん。 ただ、今度の日曜日に私とデートしてくれるだけで、お姉ちゃんには黙っていてあげます」
再びの満面の笑み。
そんな素敵な笑顔を見せられては、もはや義之に断ることなど出来るはずもなかった。
「……どうか惨めなわたくしめをこき使ってやってください」
もはやプライドも何もあったものではない。
元々、義之にプライドというものがあったのかは定かではないのだが。
そして悲しきかな。
所詮、最弱の兄である義之が、最強の妹である由夢に勝てるはずなどなかったのだ。
「楽しみにしていますね、兄さん♪」
「……はい」
満面の笑みを浮かべる由夢と、悲しい微笑みを浮かべる義之。
対照的な様子の二人は、なかなかに面白い組み合わせだと言えた。
そんなことを二人が考えたわけではなかったが、ここに、義之の悲しい未来は無事に決定された。
由夢という素敵な妹に自慢のコレクションを発見された時点で、義之の負けは決まっていたのだ。
そんなこんなで、義之の楽しい日々はまだ始まったばかりである。


終わり



もどりますか?