監禁地獄パラレル



「調子はどう? 弟くん」
「はは、最悪だよ、音姉」
口調とは裏腹に、義之の表情からは全く余裕が感じられなかった。
頬はやつれ、瞳には生気がない。
義之をそんな状況に追い込んだのは、他でもない、 彼のことを誰よりも愛していたはずの音姫であった。
「いい加減、私のことが好きだと認めた方がいいよ?」
「はは、冗談言うなよ、音姉」
『パシッ』
義之の静かな否定に、音姫の平手が義之を襲った。
一方、頬を叩かれた義之の方はといえば、 そんなことをしても無駄だと言わんばかりに冷静さを保っていた。
「なにをしたって無駄だよ、音姉。俺が好きなのは、由夢ただ一人なんだから」
音姫の求める言葉とは正反対の言葉を義之は口にする。
だが、音姫の方も、それをあらかじめ予想していたかのように、義之へと言葉を投げかける。
「うふふふ……すぐにそんな強がりも言えなくなるよ、弟くん」
「……?」
音姫の言葉の真意を読み取ることができず、義之は、音姫の言葉の意味を理解しようと思考する。
しかし、考えたところで、その真意を読み取ることはかなわなかった。
「ちょっと待っててね、弟くん」
そう義之に話しかけると、義之の返事を待たず、音姫は部屋から出て行った。
このときの義之は、まだ理解していなかった。
音姫の言葉に隠された、絶望的な真実に。


「お待たせ、弟くん」
部屋から出てしばらくすると、重そうな大きな箱を抱えた音姫が戻ってきた。
その大きさから、音姫が持ってきた箱は相当な重さであると想像できた。
音姫がそれを一人で持ってこられたことに驚いた義之であったが、 数秒後、そんな小さな驚きとは全く規模の違う驚愕を義之は体験することになる。
「この箱の中身が気になる? 気になるよねぇ。 うん、弟くんは特別だから、見せてあげるね」
そう言って音姫は、義之の返事を待たずに箱のフタを開ける。
「……え?」
驚愕と絶句。
箱の中身を見た瞬間、義之の心の中は、その二つの感情で埋め尽くされてしまった。
「うふふ、綺麗でしょう? 由夢ちゃん。私が綺麗に装飾してあげたんだよ?」
「ゆ、由夢!?」
そう、箱の中に横たわっていたのは、純白のドレスに身を包み静かに目を閉じた由夢であった。
まさか由夢が出てくるとは思っていなかった義之は、 事態が理解できず平静を保つことができなくなっていた。
いや、心の中ではある程度覚悟をしていたのかもしれない。
いくら音姫でもそこまではやらないだろうと思っていた。思いたかったのだ。
「音姉!! 由夢に……由夢になにをしたんだ!?」
動揺から思わず叫んでしまう義之であったが、音姫の方は、 そんなことは全く気にならないといった様子で、義之に絶望的な事実を告げる。
「由夢ちゃんなら、もう死んじゃったよ? 正確には、私が殺してあげたんだけどね」
「なっ!?」
恐ろしいほど冷たい声でそう義之に告げた音姫の様子に、 義之は、言いようのない圧倒的な恐怖を感じてしまった。
そして同時に、最愛の女性を失った悲しみと、 最愛の女性を亡き者にした目の前の女に対する憎しみも感じていた。
「うふふ……弟くんが悪いんだよ? 私だけを見てくれれば良かったのに、 由夢ちゃんなんかを好きになっちゃうんだもの」
「だからって、殺すことはないだろ! 由夢がなにをしたって言うんだよ!?」
普段ならば、正論なのは義之だったであろう。
しかし、悲しきかな、今はお世辞にも正常な状況とは言えない状況なのだ。
そんな状況で、狂った音姫を正論で納得させるなど不可能なことであった。
「そんなの決まってるじゃない。私から弟くんを奪ったんだもの。 そんな泥棒猫に生きてる資格なんてないんだよ」
「馬鹿げてる! そんな理由で人を殺していいのかよ!?」
激しく激昂する義之と冷静さを保ち続ける音姫の間には、 はるか高い壁のようなものがあるようにさえ感じられた。
そんな対照的な二人の意見は平行線で、決して交わることはなかった。
「うふふ。安心して、弟くん。私が弟くんを幸せにしてあげるから」
「俺は音姉とじゃ」
義之が「俺は音姉とじゃ幸せになんてなれない」と言おうとした瞬間、 音姫の唇が義之の唇に重なった。
「んっ……んんっ!」
快楽とはほど遠い、暴力的な口づけ。
無理矢理振りほどきたくとも、義之は自分の体を自由に動かすことはできない。
苦しそうな義之とは対照的に、音姫の表情は、愛する者との口づけにより恍惚に満ちていた。
「んっ……うふふ。これは、私と弟くんの幸せな未来への誓いのキス、だよ」
今ここに、音姫と義之の禁断の関係が幕を開けた。
義之の意志とは関係なしに、義之は、音姫のことを愛することになるのだろう。
最愛の人のことも次第に記憶から消えていき、狂った姉の愛情を受け入れるのだ。
そうして、最後には義之も狂っていく。
ようこそ、狂気の世界へ。
そしてさようなら、日常の世界よ。
二度と戻れない日常に別れを告げ、ここに、義之と音姫の禁断の愛が始まるのだった。


終わり



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