監禁地獄


暗闇が支配する部屋の中に、鎖で手足を繋がれた少年がいる。
「……ん」
少し眠っていた少年が、目を覚まして微動する。
そこへ、一人の少女が扉を開け静かに入ってきた。
「あら、起きたのね、お兄様」
「……咲耶か」
入ってきた少女は咲耶。
少年、「影葉 蛍」の妹である。
「そろそろ……終わりにしないか? 咲耶」
「それは無理ね」
これが、普段の二人の最初の会話。
咲耶が部屋に入ってくると、必ずこの会話が繰り返される。
いわばこれは、二人の社交辞令のようなものとなっていた。
「お兄様がいけないのよ。私というものがありながら、他の女になんか手を出したんだから」
そう言った咲耶の顔は、怒りとも憎悪とも悲しみともとれる複雑な表情をしていた。
「わかってくれ、咲耶。僕は彼女のことを愛してた。いや、今でも愛してる。だから」
「それ以上言わないで!」
蛍の言葉を遮ってそう言った咲耶は、手に持っていたムチのようなもので蛍を叩く。
「痛っ」
「どうして!」
「咲耶、やめろっ」
苦痛に耐え、必死に咲耶を説得しようとする蛍。
だが、咲耶の方は、頭に血が上っているらしく、蛍の発言に耳を傾けようともしない。
「あんな女より!」
「うあっ」
「私の方が!」
「うぐっ」
「お兄様を愛してるのに!」
「あぐっ」
何度も何度も何度も、激情にまかせて咲耶は蛍を叩く。
その顔は、鬼のように歪んでいた。
「……どうして」
やがて、少し落ち着いたのか、咲耶は蛍をムチで叩くのをやめた。
代わりに、蛍に向かって吐き捨てるように一言言った。
「愛してるって言ってくれたら、解放してあげる」
無駄だとわかっていながら、咲耶はそう口にする。
対して、蛍の答えはすでに決まっていた。
「それは無理だ。僕には、彼女を忘れることなんてできない」
何の迷いもなく、蛍はそう言った。
その言葉に、咲耶はまた複雑な表情をした。
「そう、残念だわ」
少しも残念そうには見えない口調で咲耶は言った。
そして、「またしばらくしたら来るわね、お兄様」と言い残して、部屋を出て行った。



数日後、鎖で繋がれた蛍の部屋に、再び咲耶が入ってきた。
「調子はどう? お兄様」
「……いいように見えるのか?」
嫌みを含めて言う咲耶に、恨みを込めた瞳で返す蛍。
二人の姿は、とても対照的だった。
「今日で監禁30日目ってところかしら?」
蛍が監禁されてから、すでに30日もの日が経とうとしていた。
そんな蛍の体力と精神は、かなりすり減ってきていた。
「もうそんなに経ったのか。彼女はどうしてる?」
「私の前であの女のことを言わないで!」
鬼のような顔になった咲耶が、手に持ったカタマリを蛍の口に突っ込む。
「むぐっ」
突然のことに驚いた蛍は、状況をつかめず困惑していた。
そんな蛍の様子を見透かしたのか、咲耶が状況を説明する。
「それは特別製の媚薬なのよ。口に含んだが最後、身体の欲望は抑えられなくなる」
「んんん、んんんっ」
口に巨大なモノを詰め込まれてしゃべれない蛍。
そんな蛍の様子が、少しずつ変化し始める。
「……んん」
「あら、どうしたのかしら? お兄様」
蛍の様子がおかしいのを察した咲耶が、意地悪く蛍に問いかける。
対する蛍は、自分の中にわき上がる未知の感覚に戸惑っていた。
「私を愛していると言えば、気持ちよくしてあげるわよ?」
「んんっ、んんんんっ!」
妖しく微笑む咲耶。
激しく首を横に振る蛍を尻目に、さらに蛍に追い打ちをかける。
「あの女となら、もう会えないわよ」
「……?」
一瞬、蛍は、咲耶が何を言っているのかわからなかった。
そんな蛍の疑問を解決するように、咲耶が言葉を続ける。
「ウフフ。あんまりにも目障りだったから、腹を引き裂いて××××あげたわ」
「……!?」
その言葉を聞いた瞬間、蛍の中の世界が崩壊していった。
咲耶は確かに言った。
自分の手で、蛍の最愛の人を××××のだと。
「はっ」
動揺した蛍の口から、勢いよく媚薬のカタマリが飛び出す。
「あ……あ……ああああああ!」
妖しく笑う咲耶の前で、蛍が狂気の絶叫をあげる。
それは、咲耶に対する怒りとも、自分に対する後悔とも、全てに対する恨みともとれるものだった。
「あら、気を失っちゃったわね」
しばらく叫び続けた蛍は、唐突に気を失った。
おそらく、精神がショックに耐えきれなかったのだろう。
「ウフフ。これで、ずっと一緒にいられるわね、お兄様」
そう言った咲耶の顔は、今までで一番邪悪で妖艶なものだった。
しばらくした後、咲耶は蛍の戒めを解放し、咲耶の部屋のベッドへと運んだ。



それから数年後の春。
車イスに座る虚ろな目をした少年と、車イスを押す少女の姿があった。
「お兄様、今日も桜が綺麗よ」
「……」
成長した蛍と咲耶である。
咲耶がいくら話しかけても、蛍が反応することはない。
蛍の精神は、数年前の咲耶の凶行によって、完全に崩壊してしまっていた。
「私、幸せよ。お兄様とこうしていつも一緒にいられるんだもの」
「……」
全く反応しない蛍に向かって話しかける咲耶。
その顔には、新婚夫婦の妻のような幸せな笑顔が浮かべられている。
「ずっとずっと、死ぬまで一緒よ、お兄様」
「……」
静かな公園に、幸せそうな咲耶の声が響き渡っている。
聞いているのは、全てに絶望した一人の少年だけだった。


終わり



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