自殺願望



最初に、この作品は、少々問題のある表現が含まれています。
ダーク系のSSが嫌いな方は、お読みになられない方が無難です。



「……朝か」
時間は午前8時。
少年にしては珍しく、早い時間に目が覚めた。
もっとも、日曜で学校などはないため、早く起きても、あまり意味はないのだが。
「お兄ちゃん、朝ご飯ができましたよ」
しばらくすると、部屋の扉が静かに開く。 少年の妹の一人である可憐が、少年を起こしに来たのだ。
「分かった。今行くよ」
少年は、静かに返事をして、ベッドから降りる。
可憐が部屋から出て行ったのを確認すると、ゆっくりと着替えを始める。
着替えを終えた少年は、可憐達の待つ居間へと向かった。



「それでね、咲耶ちゃんったら」
「それ以上は言っちゃダメ!」
「アハハハ」
食卓では、12人の妹達が、朝食を取りながら、何気ない雑談を交わしている。
少年はというと、会話に加わることもせず、静かに箸を進めている。
「ねぇ、四葉ちゃん?」
ふいに、咲耶が、少年に聞こえない程度の小声で、四葉に話し掛ける。
「なんデスか? 咲耶ちゃん?」
四葉も、咲耶と同じように、小声で返事をする。
「四葉ちゃん。私がいない間、お兄様のこと、お願い」
「分かりマシタ。任せておいてくださいデス」
「どうかしたの? 咲耶ちゃん、四葉ちゃん」
小声で話す二人に疑問を持ったのか、突然、少年が、咲耶と四葉の二人に話し掛ける。
「な、なんでもないわ、お兄様」
「そう? それならいいんだけど」
突然のことに動揺を隠せない咲耶だったが、少年の方は、そんな咲耶の動揺に気付く様子はない。
結局、少年が口を開いたのはそれっきりで、何事もなく、食事は終了した。
出かけ際、咲耶が、四葉の耳元で静かに囁く。
「四葉ちゃん、お兄様から、絶対に目を離さないでね」
「分かりマシタ」
「じゃあ、私も出かけてくるわね」
「行ってらっしゃいデス、咲耶ちゃん」
やや心配そうな顔をした咲耶だったが、時間がないらしく、急いで家を飛び出して行った。


「そろそろ誰もいなくなったな」
そう言って、少年は静かに、しまってあったカッターを取り出した。
取り出したカッターを手首に当て、刃を引こうとしたそのとき。
「兄チャマ? いますか?」
扉越しに四葉の声が聞こえ、反射的に、手に持っていたカッターを机の引き出しにしまってしまう。
「いるよ、四葉ちゃん」
「入っていいデスか?」
「どうぞ」
少年の言葉とほぼ同時に、四葉が、静かに部屋に入ってくる。
「兄チャマ、何してたんデスか?」
「いや、ちょっとね」
心の動揺を、必死で抑えようとする少年。
しかし、動揺を抑えようとすればするほど、余計に、自然な対応が出来なくなってしまうような気がしてしまう。
「気になりマスね〜」
「そ、そんなことより、僕に何か用かな?」
「用ってほどでもないんですケド……兄チャマと一緒にいたかったんデス」
「ありがとう、四葉ちゃん」
四葉が、少年に気を使ってそう言ったことは明らかだったが、少年にとっては、それでも十分、うれしかった。
「でも、今日はちょっとこれから用事があるから、出来れば一人にしてくれないかな?」
「兄チャマは、四葉のことが嫌いなんデスか?」
「そんなことはないよ!」
「じゃあ、今日は四葉と一緒にいてください」
咲耶との約束がある手前、四葉は、少年を一人にするわけにはいかなかった。
少年の方も、無理に追い返して嫌われたくなかったので、それ以上は、何も言うことが出来なかった。



「……」
部屋の中を、沈黙が支配している。
お互い、何を話していいのか分からない状態が、しばらく続いている。
「四葉ちゃん。1つお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
耐え切れなくなったのか、ふいに、少年が口を開く。
「なんデスか? 兄チャマ?」
「ちょっと四葉ちゃんに、買い物をお願いしたいんだけど」
「それなら、兄チャマも一緒に行ってください」
咲耶との約束がある以上、引き下がるわけにはいかない。
少年の方も、一刻も早く出て行って貰いたい一心で、言葉を続ける。
「僕はちょっと、家でやらないといけないことがあるんだ」
「四葉も手伝いマス」
「出来れば、一人でやりたいことなんだ」
「二人でやった方が、早く終わるデス」
あの手この手で四葉を追い出そうとする少年。
何を言われようと、決して出て行こうとしない四葉。
そんな状況がさらに続くかと思われた時、少年に異変が起きる。
「う」
突然、少年が、苦しそうにベッドに倒れこむ。
「兄チャマ!? どうしたデスか!?」
突然のことに、取り乱してしまう四葉。
どうしていいのか分からず、完全に動揺してしまっている。
「四葉ちゃん。薬屋に行って、この薬を買ってきて欲しいんだ」
少年が、苦しそうな顔で、薬品名らしき物を書いた紙を四葉に渡す。
「待っててください! すぐに買ってくるデス!」
四葉は、少年から紙を受け取ると、慌てて家を出て、薬屋に向かった。



「あんな手に引っかかるなんて、四葉ちゃんもまだまだ子供だな」
屋根の上に立った少年が、感情のない顔で呟く。
先程のことは、少年が四葉を追い出すために行った演技だったのだ。
「僕は妹達が好きだ。でも、妹達は、僕のことはなんとも思っていない」
相変わらず、少年の顔には、感情がない。
笑うことも怒ることもなければ、涙を流すことすらない。
「それならいっそ、死んでしまったほうが楽だな。さよなら、僕の可愛い妹達」
そう静かに呟くと、少年は、何のためらいもなく、屋根から飛び降りた。

地面に横たわる少年の体からは、大量の血が流れでている。
妹達が、重症の少年を発見したのは、少年が飛び降りてから、実に30分以上も後のことだった。



「う……ここは……?」
数日後、少年は、とある病院の病室で目を覚ました。
あの重症でなぜ助かったのかは、定かではない。
「お兄様? 目が覚めたの?」
廊下から、咲耶の声が聞こえてくる。
「咲耶ちゃん?」
「入るわよ?」
「ちょっと待って!」
少年は、病室に入ろうとする咲耶を、慌てて止める。
珍しく大声を出す少年に、咲耶は思わず、戸惑ってしまう。
「どうしたの? お兄様?」
「今は1人にしておいてくれないかな?」
「それじゃあ、私達、今日はもう帰るわね、お兄様」
「分かった。帰り道には気をつけてね」
「ありがとう、お兄様」
その言葉を最後に、咲耶達は、家に戻っていった。
咲耶の言葉通り、その日はそれっきり、妹達が尋ねて来ることはなかった。


夜。
病室に、少年の姿はなかった。



「やっぱり、即死でないといけない」
病院から少し離れた場所に、少年は立っていた。
辺りはもうすっかり暗くなり、人影などは、全くない。
「駆けつけてきても手遅れなぐらいな死にかたじゃないと。それには、この方法しかないな」
なぜか少年は、手に拳銃を持っていた。
どうやって手に入れたのかは、定かではない。
「最初からこれでいくべきだったな。何をためらっていたんだろう」
少年の体には、ためらい傷や、何度もの自殺未遂によってできた、いくつもの傷ができていた。
最早、どの傷が何時付いた物であるのか、少年でさえも分からない。
「まだ、未練があるのか。情けない」
手に持った拳銃を頭に当て、一瞬ためらった後、一気に引き金を引く。
独特の音が、静かな暗闇に響き渡るのと同時に、少年は、その場に倒れた。
地面には、大量の血が流れ出ている。
頭を拳銃で落ちぬいたため、即死であった。

おわり。



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