注意!!このSSは非常に暗い内容となっております。
特に千影の兄くんの方々へは耐え難い苦痛を与える危険性があります。
それでも良いという方のみ、お読みください。





「○○○、コーヒーはいったぞ」
「!!!…………ああ……そこに置いてくれ……」

未だに彼は……私を「千影」とは呼べない……。
……それが私にどんな思いをさせてるか……分かっているのかい……?

「また、実験か?」
「ああ……」

……いや……キミのせいじゃなかったね……。

「あまり根を詰めるなよ」
「……分かってる……」

……分かってる……すべて……私が招いたこと……。

「……すぐ終わるから……」

すぐに終わるよ……すぐにね……あとは……。

「なら、手伝おうか?」
「……珍しいな……キミの方からそんな事を……言うなんてね……」

以前は考えられなかったセリフ……。
でもそれが……さらに私を追い詰めているなんて…… 気づきはしないのだろうね……。

「そうか、珍しいか?」
「……そう……珍しくないといけないんだ……」

そう……いつも……逃げ回っていたね……本気で嫌われて いるのかと思ったことも……あったな……。

「良く解らんが、○○○が言うなら努力するよ」

……!!

……また……こればかりは……キツイな……諦めては……いたとしても……。

「……そうして欲しい……いや……」
「何?」
「いや……何でもないよ…………兄くん……」
それは……もう……どうでもいい事なんだから……。



Morning Coffee



「なあ千影、ホントに大丈夫なんだな」

私の部屋に来るまで大人しかった兄くん……しかし暗い室内に 入ると覚悟が鈍ったのか……再び私に確認を求めて来た……。
意外と……疑り深いんだね……兄くん。
こんな簡単な儀式に………失敗するはずが……無いというのに……。
あまりに……脅えるから……。

「……大丈夫だよ……」

少しだけ目を逸らしたり……

「おい千影……こっちを見ろよ」

フフ……。

「……たぶん……」

わざと不安がらせたりして……。

「おい、だぶんって何だ、たぶんって!!」

つい……からかってしまうよ……。
おっと……儀式のために呼んだんだったね……。
もうしばらく兄くんの慌てる様を見ていても……よかったのだけれど……。

「さぁ兄くん……そこに座って……」
「おい、また無視かよ……」

まだ何か言いたかったみたいだけど……渋々ながらも……椅子に腰掛ける兄くん……。
フフ……大人しくしてれば……悪いようには……しないから……。

「……少しの間……目を閉じていてくれないかい……」
「お、おう」
「……絶対に開けてはいけないよ……」

……しっかりと目が閉じ合わされたのを確認してから……呪を唱え始める……。
タンスの隙間から……薬品棚のおくから……薄い光の幕を 羽織った精霊たちが現れて……呪によって伝えられる私の 言葉通りに……慌ただしく室内を駆け回る……。
兄くんを中心に……くるくると舞い踊る精霊たち……。
……彼らの光る足跡が……床に図形を浮かび上がらせていく…… そんな時……兄くんが急に声をあげたんだ……。

「お、おい千影、何が起きてんだ!?」

目を閉じたまま……辺りを見回すように首を振る兄くん。
……まさか精霊たちの足音が……聞こえているのかい?
誤算だったな……普段から兄くんの魔力を高めようとしていたのが…… まさかこんな形で仇になるなんて……。
お願い兄くん……そのまま目を……閉じていて……。

「なぁ、千影!?」

もう少しなんだ……今、呪を止めるわけには……いかないから……。

「千影!?…………うわぁ!な、何だこいつら!?」

……目を開けてしまったんだね……やれやれ……今夜の儀式は失敗だね……。

しだいに……自分の存在に気付かれた精霊たちが……兄くんの 元へと集まっていく……すでに私の呪の制約から外れて…… 己を見た人間の記憶を消そうとしているんだ……。

兄くんの目が開かれた瞬間……私は呪を唱えるのを止めて ……兄くんの側へと駆け寄っていた……精霊たちから兄くんを守るために……。

「うわっ!?」

その時…………勢いの余った私は…………立ち上がった兄くんの 胸へと…………飛び込んでしまったんだ……。

兄くんは……どうにか私を受け止めてくれたけど……目の 前にある兄くんの瞳を見た私は……動きが止まってしまっていた……。

吐息が触れるほどの距離……ゆっくりと伝わってくる温もり…… きっと私は真っ赤な顔を……してたんじゃないかな……。

「あ……の、えと……ち、かげ……?」
「……あ……にくん……」

……二人……瞳を……見つめ合ったまま……。

それは一瞬の隙……だけど私を悪夢へと引き込むには…… 十分な時間だった……。

「くあっ!?」

兄くんの背中へと……突き立てられた爪は……精霊のもの ではなく…………魔のものだつた……。

「あ……ああ……」

今更ながら気づく……精霊の陣がまだ生きていた事に…… 私の呪が半ば完成していた事に……。

「まって!」

ズルリ……

制止の声は届かない……。
しかし引き抜かれる爪に……血の赤は無く……貫かれ現れたのは…… 白く光り輝く兄くんの魂……だけど光は瞬く間に力を失っていく……。

「……兄く……ん……?」

私に呼び出された魔は……不完全な呪と精霊の陣ではそう 長く存在できる筈もなく……やがて闇に紛れるようにして ……消え去っていった……。

後に残されていたのは……急速に冷えていく体を抱き締め ……ただ震える私だけ……。

……何故……こんな事に……?
簡単な術だったはず……なのに……加護を与えるはずの… …呪が生み出したのは……物言わぬ……冷たい骸……。

…………何故………ナゼ………………?










「…………おい『マスター』、昼間からぼーっとするな、おい」

…………夢?

「なんだよ、せっかく入れてやったのに、冷めるぞ」

違う……あれは確かに起こったこと……私が兄くんを殺した夜のこと……。

「すまない……昔を思い出していてね……頂くとするよ」
「昔?ああ、『兄くん』とか言う人の事か?」

……キミがそれを言うかい……。

「……ふふ……ははは……」
「……おい、どうした?」

目の前のコレは……兄くんじゃない……分かっていた事なのに…… 独りで居ることに耐え切れなくて……寂しさを紛らわせる為に…… 私が創り出した操り人形……。

躯は兄くんのものだけど……魂は……結局戻らなかった… …私がヤツを見つけた時にはもう……手遅れだったんだ……。

「……もう……疲れてしまったよ……」
「そうか、じゃあ少し飲んでから休むといい。少量のカフェインなら かえって体が休まる」

そうなのかい?……けれど私にはもう……どうでも良い事だよ……。

ズッ……

一口だけコーヒーをすする……苦味が口の中に広がり…… 緋色の香りがノドを通り過ぎると……ゆっくりと意識が闇に 塗りこめられていく……。

所詮人形か……兄くんなら……あのレシピの通りに造りは しないだろうからね……最後の賭……だったのだが……… 尤も……賭と呼べるほどの……分があったわけではないが……。

『魂を引き裂く秘薬』……私を……永遠に続く……痛みから 解放してくれるもの……。

兄くん……ごめんね……私は……疲れてしまったよ……。
このままじゃ……きっと……私は狂ってしまう……だから ……もう…………いいよね…………。




「おい……なんだ、もう寝ちまったのか……ま、いいか疲 れてるみたいだし…昼飯でも作ってるか……」

おわり