If you find four leaf clover?
前篇 〜枯れかけたClover〜




  
    
    幸せは、人の数だけ存在する。
    甘くて、淡くて・・・そして儚い、『幸せ』。
    そんな幸せが終わりを告げた・・・
    永遠に続いて欲しいと願った幸せが、終わりを・・・
    ・・・幸せの名は『 四葉 』。
    ・・・ 俺の妹であり、最愛の・・・恋人・・・




   
    ―兄チャマ―
    病院のベッドに寝ている青白い顔をした少女が俺を呼ぶ・・・
    彼女が、四葉・・・俺の―――だ。
    生まれつき彼女は病を患っていたわけじゃない。
    ある日、突然発病してしまったのだ。
    何が原因なのか、何故発病してしまったのかまだわかっていない。
    ただ、医師が言うには、
    現代の医療を持ってしても治る見込みは薄い、そんな難病を患っているのだそうだ。
    『死に至る病』そう医師は表現していた。

    「兄チャマ、・・・四葉ね・・・」

    そこまで言って、四葉は視線を俺の方から窓の方へと移した。
    窓の外では、極めて白い雪が、舞い降りている・・・
    偏西風等の影響で、
    気候上、あまり雪が降らない大英帝国で生まれ育った四葉にとって、
    日本に来て一番美しいと思ったのは
    日本独特の文化よりも、
    むしろこの地に『優しく降る雪』そのものだったそうだ。

    「雪か・・・珍しいな、まだ12月にもならないのに・・・」

    「四葉・・・雪を、見たいデス・・・」

    彼女の切実な訴えを無視する事は出来なかった俺は、
    彼女をベッドから優しく抱き上げて、雪の降る外へと連れ出した。
    途中、四葉の主治医に見つかってしまったが、
    彼は何も言おうとはしなかった。
    病はもうそこまで来ているのだろう、そう俺は哀しくも確信を得た。

   

   
    言うまでも無く、外はひどく寒かった。
    舞い降りる雪はあの濁った白とでも言えばいいのだろうか、
    そんな白さではなく、極めて純粋な白
    ―そう、花で例えるなら『白百合』だった。
    病室から持ってきたコートを四葉の体にかけ、二人で空を見上げた。
    有神論者の人間なら、これを『神からの、最後の贈り物』としたいのだろうが、
    無神論者の俺にとっては、
    何十年かに一度の、偶然の産物としか思えようが無かった。
    
    ―四葉の眼にはどう映っているのだろうか。最後になるかもしれない、この雪をどう―
    
    四葉の顔に視線を戻すと、やはりあの青白い顔が見てとれた。
    この雪とどちらがが白いだろうか、そんな比較さえ出来てしまうほど白い。
    ただ血色だけは限りなく悪い。
    「兄チャマ」と呼びながら、俺のことを引っ掻き回していた一年前とは比べ物にならない・・・
    あの顔で微笑んでくれる事は二度とないのかもしれないな、
    そんな寂しい感情を抱いていると四葉が何か口にしていた。

    「兄チャマ、四葉ね・・・」
    
    兄チャマ?
    あまりにも哀しい結末を想像していた為か、俺は彼女が口にした何かを聞き逃してしまった。
    
    「ごめん、四葉。さっき何言ったの?聞き取れなかったんだ。」

    もう、兄チャマは。と少しおどけた様な声を出して、クスクスと笑っていた。
    久し振りに見た笑顔だった。出来るだけこの微笑が長く続いて欲しい、そう思った。
    
    「兄チャマは雪が融けたら、どうなると思うデスか?」

    ―雪が融けたら?―

    「雪が融けたら・・・水になる、水蒸気になるのもあるけどね。」

    何を言ってるのだろう、四葉は。普通は雪が融けたら、水に、そして気化する。
    セオリーになっていることをどうして聞くんだろう?、疑問に思えて仕方がなかった。

    「違いマス。」

    違う?
    
    「水にならないなら、どうなるんだ?雪が融けると・・・」

    「春に、なりマス。」
 
    
    そう答えると四葉はただ頷いて、もう一度あの笑顔を俺に見せながら言った。

    「春になって、いろんな花が咲きマス。

     四葉、日本に来てから何回も桜の花見たケド、

     今度の春が今までで、一番綺麗な春になると思いマス。ただ・・・」
 
    ただ、そう言って四葉は僅かだか積もりつつあった雪の地面に
    目を向けて、一瞬黙り込み、そして再び俺の顔を見つめて話し出した。

    「ただ、クローバーだけは見れないんデスよ、兄チャマ・・・この雪で、多分―――デスから・・・」

    降り注ぐ雪で音が吸収され、最後の方はよく聞き取れなかったが、
    この状況下でなら再度聞き出す必要さえない。そう、それはつまり・・・

    「・・・枯れないよ。絶対に枯れないとは言えないけど、

     ・・・それでも、うん、こんな雪で枯れるほどクローバーは弱くない。そうだろ、四葉?」

    「兄チャマ・・・四葉・・・、四葉ね・・・」

    「もういい。さあ、戻ろう・・・これ以上外にいると風邪をひくしね。

     それに、・・・それに、雪なら来年だって・・・見られるんだからさ・・・」

    降り続く雪の中を、俺は四葉を抱きながら病室へと戻った。
    これが、本当に最後の景色にならない事を望みながら・・・




   
    四時間後、時計の針が七時を指そうかという頃、
    俺は病院から帰宅し、買い置きの煙草に手を掛け一本吸っていた。
    辺りにはもう夕闇が漂っている時間だが、雪明かりでいつもよりは明るい。
    加えて、その雪に吸収されてか、ノイズもほとんど聞こえてこない。
    極めて静かだ・・・
    
 
    『神は本当に存在するのだろうか?』
    
    
    ふと忘れかけていたことを俺は思い出した。
    そんなくだらない、陳腐な疑問をもっていたのは俺だけじゃないだろう。
    一度くらいは誰もが思ったことがあるはずだ。
    俺も、四葉が発病する以前は有神論者だった。
    何故、有神論者だったのか、理由は定かではない。
    
    ―神様はきっといる、何かあっても神様が助けてくれる―
    
    ただ、漠然と存在しているのだと信じていた。
    今となっては馬鹿げた話だ。
    仮に神が人間を救うべき者として存在していたのなら、
    何故、四葉に・・・俺の最愛のヒトに残酷な病を与えたのか?
    どうして、四葉に与えられなくてはならなかったのか?
    ・・・言い方は悪いかも知れないが、
    これが四葉じゃなく、
    他の・・・俺の知らない他人だったらどれだけ善かっただろうか?
   
    ―答えは、得られない―
    
    
気がつけば、
    左手に持った煙草は、まだ二口しか吸っていないのに、もう半分くらいが灰になっていた。
    天井にはそこへとほぼ真っ直ぐ昇っていく煙、床には灰が少々落ちている。
    足元に灰がこぼれている事に気づいた俺は、
    慌てて持っていた煙草を一度灰皿に置き、こぼれてしまった灰をかき集めた。
    
    ―四葉の命もこの煙草と同じ―
    
    灰をかき集めている最中、四葉の・・・本当の最後の姿を想像してしまった。
    ・・・人間の悪い癖だ、状況が悪くなればなるほどそんなことを考えてしまう・・・
    
    こぼれ落ちた灰を集め終え、俺は理由もなく天井を見上げた。
    灰皿に置いた煙草からは、立ち昇る煙と、禁煙者が嫌う不快な香りがしている。
    長い間、見る機会が無かったからだろうか?
    やけに高く、そして寒々しい気がした・・・
    一年と少し前までは、例え見上げたとしても何も感じなかったはずだ。
    そう、四葉が「死に至る病」を患う以前なら
    独りでこの空間にいることが、
    コレほどまでに寂しいとは思いもしなかったはずなのに、
    甘い幻想が急に終ってしまった、残酷な現実に叩きのめされた、
    今ではそんな感覚さえ覚える・・・

    ―これは夢だ、悪い夢なんだ―

    そう現実を否定したかった。
    当たり前だ。ここは現実という、限りなく残忍な世界、
    俺と四葉を救ってくれない、極めて残酷な世界なのだから。
    自分が何も出来ない、不完全な動物だと認めざるを得ない世界。
    そんな世界からは誰だって逃げ出したい。

    だが、不完全な人間は、その惨めさを認めながら生きねばならない。
    惨めであることを認めないとしても、いつかは気がつく。
    例えば、俺が四葉に何もしてやれないように・・・
    ただこうして、無意味な祈りを捧げることしか出来ない時に・・・・

    
                  続く